「普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが
『もう戦争しかない』と思ったのはなぜか?」
2009年7月に出版され、15万部越えの大ヒットとなった 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』。カバーの惹句に激しく引きつけられ、興味を抱いて早々に購入はしたものの、実は最初は本棚に置きっぱなしでした。なんだか、お説教っぽい本じゃないんだろうか。そもそも、戦争のことで、今更教えてもらうようなことが(しかも、女性にだ!)あるんだろうか。こちとら小学生から『坂の上の雲』を読んで、佐藤大輔の架空戦記に耽溺した「マニア」だぞ!? と。
そのひどい偏見を破ったのは、やはり女性でした。いつのまにか妻が通勤途中で読み始め、「ねえ、これ、ものすごく面白くて分かりやすいね」と話しかけてきたのです。しまった、と妻から取り上げ、読み出したらもう驚きの連続でした。
「戦争」とは具体的には何を目的とする行為なのか、朝鮮半島が勃興期の日本にとってどんな意味を持っていたのか、第一次大戦で漁夫の利を得たはずの日本が感じた失望感、そして、なぜ当時の「私たち」が太平洋戦争開戦時に「すっきりと、落ち着くところに落ち着いた」気分を感じたのか、すべてがみるみる明らかになってきます。戦争を兵器と兵士でしか考えたことのなかった私が、「戦争」を選ぶのは、まぎれもなく普通の人々である「私たち」なのだ、と初めて感じさせてくれました。
この本を読んで目から鱗をぼろぼろ落とした仲間で、この企画前半をお願いしたノンフィクション作家山岡淳一郎さん、そして大学で近代史を学んだイラストレーターのモリナガ・ヨウさんと「これはもう、直にお話を聞きに行くしかない。この人にぜひ『歴史を見る目のつくりかた』を教えてもらいたい!」と盛り上がり、冬のとある日、東京大学の加藤先生の研究室を訪ねました。さあ、どうぞ皆さんもご一緒に!
写真/樋口 とし イラスト/モリナガ・ヨウ
(日経ビジネスオンライン 編集委員 山中 浩之)
加藤 陽子(かとう ようこ)
1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。89年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史。本企画で紹介している以外の主な著作には『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)『戦争の論理』(勁草書房)などがある。
山岡 淳一郎(やまおか じゅんいちろう)
1959年、愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」を共通テーマとして都市開発、医療、ビジネス、近代史と分野を超えて、旺盛に執筆。ドキュメンタリー番組のコメンテーターとしても活動している。本企画前編「わたしたちが「こうなった」のはなぜ?〜「角」の視点から学ぶニッポン現代史」もぜひ。
山岡 まず愚問かもしれませんが、「戦争」の歴史を研究しようと思われた大きな動機は何なんですか。
加藤 「戦争の歴史こそが歴史」との認識は、今の世の中の人にいえば怒られてしまいそうですよね。社会史や文化史はどうした! と。ただ、ギリシャまで遡って、歴史学が誕生した起源を知れば、ある意味当然ともいえるのです。ヘロドトス(もっとも古い歴史書『歴史』の著者)、トゥキディデス(紀元前431年〜紀元前404年のペロポネソス戦争を描いた『戦史』の著者)をひもとけば、アテネやスパルタ、双方のポリス=都市国家が戦争に訴えるさい、やっぱり最後は言葉の争いになるんですね。「アテネの民主政を守れ」とアテネがいえば、「一つのポリスを独裁国として君臨させていいのか」とスパルタが怒るとか。戦争をめぐる言論が自由なポリスだったから、言葉の戦いになると止まらない。その根元を探し当てて、原理的な対立が何であったのかを切り取るのが、戦争の歴史を学ぶことだと。
で、『戦史』とか『歴史』を苦労して読んで感動したのは、演説という形で双方の国の将軍たちの戦争への説得の論理がたくさんたくさん載っているのです。当時のギリシャは民主政ですから、個々のポリスで戦争をするかしないか多数決で決められたりする。そうなったときに、どうやって戦争へと導くか、どうやって国論を反対へと戻すかの駆け引きを、なんと紀元前5世紀の話として、我々は読めるんですね。
「なぜ戦争に負けたのか、どうしても知りたい」
山岡 その駆け引きは、20世紀、21世紀でもあまり変わらなかったりする。
加藤 「激しい対立はその決定的瞬間において言葉の争いになる」とは、カール・シュミット(1888年生まれのドイツの法・政治学者)が20世紀に言った言葉なんですけれど、これはヘロドトスも同じことを言っています。紀元前5世紀と20世紀、全然変わらないんですよ。
これを「ああ、そうか、言い合いをしているわけで、どの時代も変わらないんだね」じゃなくて、説得力、学問として知の戦いが、あるときは具体的にこういう言葉で対立が切り取られて、「なぜ戦争までつながったのか」を次の時代に伝えたいな、と。だから歴史家としては、ある種、王道なところを思い出したいなというところが「戦争」を追いかけている理由ではありますね。まあもちろん、戦争から遠く離れた今だから「こういうことだな」と言える、合理化、が含まれると思うんですけれども。
山岡 ご著書の中で「どうしても知りたい」という「切実な問い」が、歴史を学ぶために必要だと言われていますね。
加藤 そうです。やっぱりそこもトゥキディデスから来るんですが、彼は「何でアテネみたいないい国が、スパルタのような変な国に負けちゃったのか?」という「どうしても知りたい切実な問い」があるんですね。私も日本を愛する気持ちは強いから、何で日本はあんな戦争をやったのかな、とか、戦争をせずにもう少しアジアで強大な国になれなかったのかなと、その疑問がずっとあるわけで、それで解こうとしてきたということですね。
山岡 最後の方に「日本は戦争をする資格のない国なんだ」という、海軍軍人の論説を紹介していますね。

加藤 ええ、水野(※)さんの。「日本は武力で勝てても持久戦、経済戦では絶対勝てないから、戦争をすべきではない。戦争をする資格がない国だ」とまで戦前に言い切った(※水野廣徳、1885年生まれ、海軍大佐で退役。評伝に『帝国主義日本にNOと言った軍人 水野広徳』大内信也著、雄山閣出版。今回の後半でご紹介しています)。
山岡 あれはもう、まったく共感するところで、そうした思いが、私の『田中角栄』を書いた動機にもつながるんです。21世紀も前世紀同様、エネルギー資源もない、鉱物資源、原材料もそんなにすぐには手に入らない。食糧も十分とはいえない。そうかといって急に農業国家に戻ることは難しい。日本はどうやって生きていけばいいのか、過去の歴史から学べないかな、と……。
山岡 では、早速いろいろお聞きしたいと思います。民主党政権下で、日米間の密約が続々と明らかになってきました。その中でも、元外務省の北米局長の吉野文六さんが、沖縄返還にかかわる用地整備費の肩代わり密約の証言を、法廷でなさいましたね。
加藤 そうなんですよ、やっぱりそこ、気になりますよね。
山岡 ああいう現実は、歴史家の目でご覧になるとどう感じられるんでしょう。日本側は、核兵器持ち込みの「事前協議」の解釈に関する密約についても、外務省OBが口を開きだした。しかし、まだ本省は、調査中だとか。私も『角栄』の中で少し書きましたけれども、沖縄返還に関する核の再持ち込み密約は、アメリカ側の資料にはかなり前から出ていました。キッシンジャーも自分の本『White House Years』で、ほぼ認めていますね。
加藤 それから若宮(敬)さんの『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』。
山岡 命がけで書かれたあの本の重さにも係わらず、頑として外務省は密約の存在を認めてこなかった。ところが、先日、佐藤栄作元首相の次男・信二氏が、ニクソン大統領と佐藤首相がフルネームで署名した密約文書を公開しました。事実が暴露されている。それにしても、外務省は、なぜ、ここまで「知らぬ、存ぜぬ」で押し通してきたのか。歴史に対する日本政府の中枢の、外交政策を担った人たちの岩盤のような固さに対して、先生は率直にどういうふうに感じていますか。
歴史は好事家の玩弄物じゃない
加藤 そうですね、岩盤の固さと、それにもかかわらず吉野さんという、ある意味での「本丸」が「歴史の歪曲は国民のためにマイナスだ」という、衝撃的な言葉とともに密約の存在を認められた。91歳というお年で、何というのかな、もう損も得もなくなった方が、「国民のためにマイナスだ」とおっしゃるという、この衝撃は歴史家にとってもとても大きいです。2009年7月に成立した公文書管理法の意味も、政権交代という要素以外の点で、じわりとボディーに効いているのか知れない。
最近、「歴史が言葉に乗るようになってきたな」と思いましたのは、今のまさに外務省の中枢を歩かれた方、それからノーベル化学賞の野依(良治)さんが「歴史の法廷に立つ覚悟が、仕分け人にはあるのか」という言い方をされた。
つまり、自分の意見と相手の意見を、30年後の子孫が聞いたときに、どっちが妥当性があるのかを問おうではないか、という強い姿勢ですよね。吉野さんも西山(※)さんに声を掛けて「ゆっくり話しましょう」とおっしゃいました(※西山太吉・密約の存在を1972年に毎日新聞でスクープした記者。当時、吉野氏は密約を全面否定した)。
究極的には、今上天皇陛下が在位20年のときに、「過去の歴史的事実を十分に知って、未来に備えることが大事」と、そういうことまでおっしゃったということで、歴史というのは好事家とか中高年の玩弄物じゃないんだという認識が高まってきたのではないか、と。
山岡 だとしたら、何なのでしょうね。
加藤 未来を生きる手だてですね。
今回もやります、書店さん連動イベント!
「歴史を見る目」を作る本が大集合
加藤先生が教えてくれた「歴史」を学ぶ本が、首都圏の有隣堂主要店さん、フタバ図書南砂店さんで手にとってご覧頂けます!(店舗・書籍リストは→こちらから) 書籍紹介をインタビュー形式でまとめた小冊子も無料で配布中。本連載と合わせて、ぜひご来店ください。
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1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。「人と時代」「21世紀の公と私」を共通テーマとして、政治、経済、近現代史、医療、建築など幅広く執筆。福島県を中心に被災地と永田町、霞ヶ関を対比的に取材。4月初旬、『
1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。89年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史。本企画で紹介している以外の主な著作には『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)『戦争の論理』(勁草書房)などがある。

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