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第8回 翻訳調はなぜ衰退したのか

「難解な本」は褒め言葉ではなくなった

  • 山岡 洋一

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2010年1月28日(木)

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 古典の翻訳を読んでさっぱり理解できなかったという思い出のある人が少なくないのは、最近まで、古典などの重要な本の翻訳は翻訳調で行うのが当然だとされていたからである。原文の意味を伝えず、論理も文体も伝えず、もっぱら「正しい訳し方」とされるものに忠実に訳したものが多かったのだから、理解できなくて当然だったのである。いくつかのキイワードを覚え、雰囲気をつかめればそれでいいというのであれば別だが、しっかりと読んでしっかりと理解しようと考えているのであれば、翻訳書だけを読んで何かが分かったという感激を味わうのは難しかった。

 翻訳調は明治半ば以降、理解することなどとてもできないと思えるほど進んだ欧米の文化を学ぶために、手段として使われてきたものなので、ある時期まで、大学に入った若者が重要なことを学ぼうとするのなら、翻訳調で訳された訳書を読むのが常識であった。当時、そういう翻訳書が好まれたのは、難しいからこそ読む価値があると思われていたためだろう。当時は「難解」というのが本について語るときの褒め言葉だったのだ。

 いまでは「難解」な本は嫌われるようになり、翻訳調の翻訳も嫌われるようになった。なぜなのだろうか。結論を先に記すなら、歴史的な役割を果たしおえたからである。

 欧米の本の翻訳は『解体新書』(1774年)からはじまったといわれている。訳者のひとり、杉田玄白は『蘭学事始』(1815年)で当時を回想し、「誠に艫舵(ろかじ)なき船の大海に乗り出せしが如く、茫洋(ぼうよう)として寄るべきかたなく、たゞあきれにあきれて居たるまでなり」と書いている。明治半ばにはそれから100年以上を経ていたので、少しは進歩していた。それでも、欧米がはるかに遠く、欧米の文化が理解することなどとてもできないと思えるほど進んでいたのは事実だ。原著の意味を十分に理解したうえで日本語で表現することなどとてもできないので、まずは日本語に訳しておき、みなで意味を考えようというのが翻訳調の基本的な考え方だったのである。

「社会」という言葉は符丁にすぎなかった

 たとえば第5回で取り上げたsocietyという言葉が好例だ。この言葉の意味はよく分からないので、まずは「社会」と訳しておく。だから、「社会」という言葉はもともと、何らかの意味を伝えるものではなかった。原文のこの部分にsocietyがあることを示す符丁にすぎなかった。

 じつのところ、societyの訳語は「社会」でなくてもよかった。たとえば「世間」でもよかったはずである。この言葉が訳語として定着していれば、「社会科学」は「世間科学」になっていたはずで、もっと現実的になっていたかもしれない。だが、「世間」だとご隠居さんや熊さん、八つぁんがでてきそうだ。欧米の進んだ文化にはふさわしくないように思える。そこで使われたのが「社会」という意味不明の言葉だ。意味不明であり、理解できないからこそ、ありがたそうに思える言葉である。

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