「シアワセのものさし」

“日本一小さい町”から始まるこの国のゆくえ

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2010年1月27日(水)

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 「外伝 シアワセのものさし」。3回目の最終回は高知県香南市にある「おっこう屋」を描く。雑貨屋でも骨董屋でもフリーマーケットでもアトリエでもない不思議な佇まいのおっこう屋。その底流には、高知県在住のデザイナー、梅原真の哲学が脈々と流れている。この店は今後の日本に多くのヒントをくれる。

(日経ビジネス オンライン、篠原匡)
梅原デザインのあしあと

 高知県東部、旧赤岡町(現香南市)のその店はとても不思議な店である。江戸時代、土佐浜街道の在郷町として発展した赤岡町、中2階切妻造り平入りの商家が連なる商店街の一角にある。白壁の豪壮な建物は築200年を超える元蝋燭屋。目の前の土佐浜街道を大名行列が通ったこともあれば、測量のために赤岡を訪れた伊能忠敬が泊まったこともある。

 そんな江戸情緒が溢れる旧商家の軒をくぐれば、懐かしい空間が広がっている。

これがおっこう屋。軒をくぐると、懐かしい空間が広がっていた(撮影:会員番号302 篠原匡)
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奥にしまわれたモノに光を与える「おっこう屋」

 裸電球の薄暗い店内。土間の中央には小さなテーブルがあり、飲みかけのコーヒーカップがそのままになっていた。右の壁面には、年季の入った小箪笥やお重箱、下駄、草履、団扇、目を左に転じれば、指輪やネックレス、お守り、文鎮、かんざしといった小物類、正面の小上がりには着物や反物、和紙、真空管ラジオ、蝋燭立てなどが雑然と置かれている。

 さらに、もう一歩、店の奥へと分け入ると、陶器や皿、茶器やガラス器などの骨董品とともに、中古カメラや古時計、ミシンといった古道具が無造作に並んでいた。その隣には、近隣住民や気鋭のデザイナーが作ったバッグやマフラー、洋服などが集められた一角もある。

 こうした数多の珍品、逸品をかきわけて進めば、小さな中庭と井戸があり、土佐漆喰と水切り瓦が鮮やかな土蔵が鎮座している。ここでは、価値のある骨董品、昔懐かしい古道具、在りし日の思い出、歴史的建造物などが渾然一体となっていた。

古道具や骨董品がところせましと並んでいる(撮影:会員番号302 篠原匡)
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 この店の名前は「おっこう屋」。「おっこう」とは土佐弁で「大袈裟」という意味だが、「奥にしまわれたモノに光を与える」という意味を込めて「おっこう(奥光)」と名づけられた。雑貨屋でも骨董屋でもフリーマーケットでもアトリエでもない、曰く言い難い店である。

 昨年9月、高知県在住のグラフィックデザイナー、梅原真の関連取材でこの店を訪ねた。この店の成り立ちに梅原が深く関わっている、と聞いたからだ。地方ブランドとして知られる商品に数多く関わってきた梅原。ひとたび絵筆を執れば、どんなプロジェクトも成功を収める――。そんな凄腕のデザイナーである(「シアワセのものさし」記事一覧)。

 赤岡町のふしぎ空間、おっこう屋。実際に訪れてみると、棚に並ぶ商品と同様に異次元の空間だった。

「日経さん、キョト〜ンとしとるな」

 「ごめんください」

 『ルービらくさ』と書かれたレトロ看板をくぐって来意を告げると、奥の方から甲高い声が響いた。

 「はいよ、どなた?」

 そう言って、のそりと出てきたのは麦藁帽子をかぶった丸坊主の男だった。名前を尋ねると、男は「迦羅主(カラス)」と名乗った。齢は60代半ば。おっこう屋の経理などを担当しており、本名はどこかに捨てた、という。このカラス、1日に2箱以上タバコを吸うヘビースモーカー。四六時中タバコをくわえている。

 「おーい、日経さんだってよ」

 奥に向かってカラスが叫ぶと、

 「あー、はいはい」

 と言いながら、前掛けを腰に巻いた女性がやってきた。サンダルを履いているからか、歩くたびにパタパタと音を立てている。

 「まあ、はじめまして。肌は黒いですが、間城(ましろ)と申します。どうぞよろしくお願いします」

 のっけから気の利いた挨拶をかますと、色の黒い間城紋江は続けざまに言った。

 「まあ、ゴハンでもどうぞ」

 「・・・・・・?」

 丸10年、雑誌記者をしているが、挨拶もそこそこにゴハンを進められることはあまりない。何より、時間は10時30分を少し回った程度。朝ゴハンには遅すぎるし、昼飯には早すぎる。二の句が継げずに黙っていると、「さあさ、さあさ」と言う間城に、台所の前の小上がりに連れていかれた。

 「まあ、そのコタツに座っていて下さい。もうすぐゴハンができるきに」

 おっこう屋と梅原の関係、梅原の人となり、おっこう屋とは何か――。いろいろ聞こうと思ったが、台所作業に急がしい間城は聞く耳を持たない。仕方なくノートを広げてあぐらをかいていると、ひとり、またひとりとコタツの客が増え始めた。聞けば、みな近所の住民である。自宅に上がるかのごとく、当たり前のように上がり込んでいる。

 状況が理解できずに眺めていると、間城が料理を並べ始めた。この日の献立はゴハンにみそ汁、卵焼き、焼きジャケ、野菜の煮付けである。並び終わるのを待たずに、数人の男たちは飯を食べ始めた。

別の日に訪れた時も昼ゴハンが出てきた(撮影:会員番号310 瀬川明秀)
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 「おまえ、どれだけ醤油をかければ気がすむんや」

 「兄さん、髪長いな。ノリピーのダンナに似とるな」

 箸を動かしながら好き勝手に喋っている。カラスも黙々と魚をつまんでいる。間城は間城で、

 「さあ、食べてください。ぜんぶ、いただきものですき」

 などとしきりに勧めている。事態を飲み込めないままゴハンを食べていると、そのうち食べ終わった住民がひとり、またひとりと去っていった。その後も、お茶を飲みに立ち寄るおばあさん、野菜や果物を届けに来る女性など、何人もの人が出たり入ったりしていた。

 結局、取材らしい取材もできずに時間切れ。辞去しようとすると、これまでの様子を見ていたカラスはにやりと笑ってこう言った。

 「日経さん、キョト〜ンとしとるな。まあ、ここはいつもこんな感じや。また、いらっしゃいっ!」

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著者プロフィール

篠原 匡(しのはら・ただし)

昭和50年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、日経BP社に入社。以後、主に「日経ビジネス」の記者として活動している。趣味は競艇と出張、庭いじり。著書に『腹八分の資本主義』(新潮社)、『おまんのモノサシ持ちや』(日本経済新聞出版社)がある。

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