「守るべき弱者はどこにいる?」

もうこれ以上、医療を支えられない

看護師の35歳女性のケース

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2010年2月1日(月)

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 「毎日が精一杯で、看護のやりがいなんて忘れてしまった」

 看護師の松田裕美さん(仮名、35歳)は、しばらく沈黙したままだった。2人目の子供を出産後、育児休業を取って2年が経つが、仕事と育児に追われ、記憶がなくなるくらい忙しいのだ。

 裕美さんは東北地方で生まれ育ち、地元の市立病院に併設された看護学校を卒業後、そのまま市立病院に就職した。新人の頃は救命救急センターに配属された。結婚し、2003年に子供を授かったが、救命救急センターは昼も夜もなく激務が続いた。

 動けない患者の体位を変えたり支えたりすることで、妊娠中の体に負荷がかかり、お腹が強く張っていた。張り止めの薬を飲みながら勤務したが、そのうち出血が始まった。

3人に1人が「切迫流産」

 産婦人科医に診てもらうと「切迫流産」(流産する危険のある状態)と診断され、勤め先の産婦人科病棟に入院して流産を防ぐ治療を受け、24時間点滴を打ちながら絶対安静の状態が続いた。

 しばらくして出血も止まり、切迫流産の状態から抜け出せたと思ったら、また救命救急の現場に戻された。仕事を始めるとまた出血し切迫流産となり、再び入院。妊娠22週以降は「切迫早産」(早産する危険がある状態)で入退院を繰り返し、妊娠後期の3カ月間はずっと入院を余儀なくされ、出産を迎えた。

 こうした問題は深刻で、日本医療労働組合連合会の「看護職員の労働実態調査」(2005年)では、看護職員2万9000人(平均年齢35.1歳)が回答した中で、2002年4月以降に妊娠・出産した人を対象に妊娠の状況の問いに対し、31.1%と3人に1人が「切迫流産」を経験している。

 また、医労連が行った「夜勤実態調査」(2008年度)によれば、病棟に配置されている看護職員(看護師、准看護師、助産師、保健師)のうち、3交代制の病棟で夜勤に入った妊産婦は41.2%、2交代制で30%に上った。労働基準法や男女雇用機会均等法により、妊産婦の夜勤免除や業務軽減は、本人が申請すれば認められる。

 しかし、そうはいかないのが現状だ。医労連の田中千恵子・中央執行委員長は「本人による申請では、人手不足で言い出しづらい労働環境にあり徹底しない。かといって比較的、規則正しい生活ができる外来はパート化しているため、病棟から外来に移ることを希望しても叶わないケースも多い」と指摘する。さらには、妊娠や出産で夜勤ができないとなると、正職員からパートに雇用形態を変えられるという、労働条件の不利益変更まで行われているという。

 裕美さんは、第1子を流産することなく出産することができて、安堵の思いでいっぱいだった。同僚には、妊娠中に同じように無理をして流産した仲間が大勢いたからだ。産後、職場復帰すると裕美さんは脳外科病棟に配属された。夜勤の時は35床を3人の看護師で看るのだが、救急対応やICU(集中治療室)に看護師を取られると1人で全員の看護に追われることもしばしばだった。

 この病院には介護福祉士やヘルパーなどの看護補助員がいないため、バイタルチェックや点滴などの看護業務以外のオムツ交換なども看護師の業務となっていた。冬や夏は、高齢者が脳出血などを起こして、ひっきりなしに救急車で運ばれてくる。地域で中核病院ということから、近隣の病院からも次々と患者が転院され、ここでも息つく間もなく働き、文字通り、病棟を走り回っていた。

 昼休みを取る時間なんてない。売店に昼食を買いに行く暇もないため、お弁当を5分、10分の隙に描き込むようにして食べて済ました。

 「やりがいなんて忘れ、何度も看護師を辞めてしまいたいと思った。けれど、夫の給与は私の半分以下。私が辞めたら生活していけなくなる」(裕美さん)。

 やむなく、家計を支えるために裕美さんは現場に戻った。妊娠時はもちろん、小さな子を持っても夜勤回数は考慮されなかった。その後、第2子を2007年に出産後、育児休業を1年取って2008年3月から職場復帰したが、2人の子育てとの両立するため必死な毎日を送っている。

慢性的な看護師不足

 夫は飲食業で夜遅くまで働いているため、育児参加を当てにはできない。裕美さんは3交代制の勤務で日勤(午前8時〜午後5時)、準夜勤(午後4時〜翌午前1時)、深夜勤(午前0時15分〜午前9時)で働くが、残業が多く、どう頑張っても日勤でも午後7時頃まで、深夜勤でも午前10時30分頃まで帰ることができない。

 シフトが「日勤:深夜:休み:日勤:準夜」と続く場合、午前8時前から出勤して午後7時過ぎに帰宅し、子供に夕飯を食べさせお風呂に入れて寝かしつけ、午前0時前に病院に戻るまでの間、1時間仮眠が取れればいい方だ。

 裕美さんは「夜勤も仮眠を取る余裕はなく、24時間以上起きたまま勤務することも珍しくない」と話す。本来、夜勤明けは休みにカウントせず、次の日を休日とするべきなのだが、人員がギリギリな状態で、夜勤明けが休みとなり、体の疲れが抜けないまま、翌日からまた日勤に組み込まれる。

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著者プロフィール

小林 美希(こばやし・みき)

労働経済ジャーナリスト。1975年茨城県生まれ。明治学院大学中退、神戸大学法学部卒業。株式新聞社、毎日新聞社エコノミスト編集部で記者として働く。2007年2月よりフリーになり、若者の雇用、出産・育児と就業継続などのテーマに取り組む。主な著書に『ルポ 正社員になりたい ――娘・息子の悲惨な職場』(影書房)、『ルポ “正社員”の若者たち 就職氷河期世代を追う』(岩波書店)



このコラムについて

守るべき弱者はどこにいる?

「派遣切り」「名ばかり正社員」・・・。日本の労働環境の悪化に伴う雇用不安が人々の生活を脅かす。社会がきしみ、変化に揺れている中で今、何が必要なのか。個々の働き方や生き方を通して、国、企業、個人ができることは何かを探っていく。

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