書籍の世界に劇的な変化が始まっている。中世ヨーロッパで誕生したという、紙に印刷された本という形が、電子書籍に変わろうとしている。小説もノンフィクションもネットからダウンロードして、専用端末で読書する時代が到来したのだ。この革命的な変移によって、出版社、印刷会社、取り次ぎ、書店が構築してきた従来の構造は、生き残りを賭けた再構築を迫られている。
果たして、紙の本は、Kindle(キンドル)やiPadといった電子書籍に駆逐されるのだろうか…。
新しい価値観の台頭には必ずといっていいほど、バック・ラッシュが付きものである。手軽さだけが本ではない、と本造り職人たちの反動の声が聞こえ始めたのだ。そのうちの一人にお目にかかることにした。彼は半世紀ものあいだ、手業で本を造り続けてきた製本職人である。その職人との対話で見えてきたのは、意外にも、紙の本の復権であった。職人は、本が物としての輝きを持っていた時代を見直すとき、と言い、先祖返りの動きも出てくるはず、と希望を語ってくれた。
本を造る職人は、取材の時日を確認したあと、受話器の向こうでこう語った。
「紙とインクのにおいがする本は決して無くならない。無くなってはならないんですよ」製本家の矜持と願望をはらんだ言葉に、電子書籍という文字が被さってくる。
高名なデザイナーやアーティストに信頼得る親方
南北のアルプスの峰に挟まれた、信州伊那谷の奥に、めざす製本工房はあった。丘陵の畑地を迷いながら探し当てたとき、約束の時間はとうに過ぎていた。無理を言って話を聞かせてもらう立場としては、面目ない。新宿発の高速バスに遅れが出たわけではなかったが、地元出身のタクシー運転手が、無線で指示を受けながらも、農道は入り組んでおり、予定外の時間がかかってしまった。
製本家の上島松男さん(71歳)は、玄関口で居ずまいを正して迎えてくれた。「わかりにくかったでしょう」と遅延を詫びる言葉を遮って、来訪者を思い遣る。高名なデザイナーや、製本にこだわる編集者、アーティストには高い評価を得てきた人物だ。
単行本であれ雑誌であれ、本を制作する過程の最後の行程が製本ということになる。その作業は、とうに機械化されて、どこの工場でも職人の姿を探すのが困難になってしまった。しかし、ブックデザイナーや著者が求める本の仕様は多様でわがまま。どうしても機械では不可能な仕事が発生する。上島さんはそのような手業が必要とされる現場で生きてきた。洋装、和装本を問わず本の構造に精通し、斬新なアイデアにも応えてきた。
グラフィックデザイナーで首都大学東京教授の工藤強勝氏は上島さんを次のように評価する。
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