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017|過去と今、そして未来をつなげる
明治初期、「お雇い外国人」が見抜いたこと

2010年5月11日(火)

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 『ベルツの日記』をご存知ですか?

 龍馬ブームの昨今ですが、明治時代前期、日本では積極的な西洋文化の摂取や近代的変革の進行に伴って、知識人の間では日本の歴史や伝統的な文化を捨て、未来へ進もうとする傾向が強まりました。

「過去の全否定」繰り返す日本

 『不思議なことに、今の日本人は自分自身の過去についてはなにも知りたくないのだ。それどころか、教養人たちはそれを恥じてさえいる。「われわれには歴史はありません。われわれの歴史は今、始まるのです」という日本人さえいる。このような現象は急激な変化に対する反動から来ることはわかるが、大変不快なものである。日本人たちがこのように自国固有の文化を軽視すれば、かえって外国人の信頼を得ることにはならない。なにより、今の日本に必要なのはまず日本文化の所産のすべての貴重なものを検討し、これを現在と将来の要求に、ことさらゆっくりと慎重に適応させることなのだ。』

 『日本人は西欧の学問の成り立ちと本質について大いに誤解しているように思える。日本人は学問を、年間に一定量の仕事をこなし、簡単によそへ運んで稼動させることのできる機械の様に考えている。しかし、それはまちがいである。ヨーロッパの学問世界は機械ではなく、ひとつの有機体でありあらゆる有機体と 同じく、花を咲かせるためには一定の気候、一定の風土を必要とするのだ。』

 これらの手記は、明治初期の日本政府が先進国の制度、技術、知識などを取り入れて近代化を進めるために「お雇い外国人」として先進諸国から招いた技術者、学者、教師、軍人たちの中の1人、ドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツのものです。長く外交を閉ざしていた島国日本にとっては、外国の新しい文化をとにかく早く、積極的に取り入れて、進んだ国に追いつけ追い越せだったのですが、先進国から日本にやってきた外国人の目には、この時代に既にこのように映っていたというのは驚きです。

 そして第2次世界大戦の敗戦。日本はまたしても過去を否定せざるをえない状況、完全にリセット状態に陥りました。これまでのすべてを切り捨て、未来だけが日本人にとっての生きる希望になったのです。知識人の間では再び、戦前の日本文化に対する全否定的な評価が流行し、新しいものだけが最大の価値になりました。

 日本に繰り返し起こる「現象」。そしてこの『現象』が近代日本の暮らし、仕事のしかたの基本となり、日本は世界でも類のない急激的な発展を遂げることになったのですが。明治時代にベルツが残した日記を読み、現代の私たちが今一度考えるべきこととは。

 未来をつくるとはどういうことなのでしょうか。

ドイツで学んだ「未来へのデザイン」

 私が美大を卒業して自動車会社に入社したのは1984年。当時、デザイン部の上司からこのようなことを言われていた記憶があります。

 「新しいもの、他とは違ったものを創れ」。デザインとはそのような目的で創られるべきものであると。「新しいものが暮らしを変え、豊かにする。振り返るな、次を創れ 」。当時の状況を考えれば間違ってはいなかったかもしれません。私も全く疑問には思いませんでした。当時のことを思い出してみると、街で見る自分のデザインはどこか『軽い』。誠心誠意つくったもののはずが軽く見えた。何か『深み』が欠落していたのです。

 その後ドイツ、アウディに移籍した私は、日本の自動車会社で学んだこととは全く違う「未来へのデザイン」を学ぶことになります。現在、フォルクスワーゲングループのトップダイレクターであるバルター・デ・シルバとの仕事です。

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