「奥深き日本」

セルフヌードをも辞さない女子カメラの深淵

「いい写真だね、と言われることは自分への評価です。その一言がしんどい毎日の糧になるんです」

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2010年5月21日(金)

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 セルフヌードの作品を机の上に広げながら、29歳というWさんは、派遣社員として有名企業に勤めていた。写真家を目指したい、と小声で話し、その可能性について私の意見を求めた。

 東京都写真美術館の一室で開催される写真教室。外光は遮断されているが、外は雨の夜。13人の受講者が持ち込んだ湿気が室内を充たしていた。

ときにはフィルムカメラで作品制作するMIHOIさんは「女性は男性のカメラ志向と異なって新製品に踊らされることはないし、 中古カメラ店を巡ってカメラボディーやレンズをあさることはありません」と話す
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 赤裸々に写されたWさんのヌード作品を、会社帰りのビジネスマンや主婦、フリーランスのカメラマンや学生といった13人が凝視する。そしてそれぞれが講師の私の反応を注視する。

 「セルフヌード、あるいは、セルフポートレートの面白さは? 誰でもいいから答えてみて」

 私の質問にWさんは親指を噛んだ。12人の受講者は口を一文字にして動かない。ながい沈黙。誰かが空調のスイッチを入れた途端に、Wさんの裸体が机から浮いた。その内の一枚が床を滑る。

カレを撮り続ける鹿野沙也佳さん。彼はときどき写真に没頭することを叱ると話す
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 カメラを使って自分を撮影するという自為は、未知の自分に出会えるかも知れない、という可能性を持っている。「私の裸は美しい」と自讃するばかりではなく、コンプレックスに感じる部分や部位をあからさまに写真にするという行為が、自分を見つめ直す契機になる。そこが、セルフヌード、あるいは“自写像”の興味深いところだ。

 密室で三脚を立ててカメラをセットする。裸になってみるわけでもないのに、なんだか気恥かしい。誰も見ていないのに、つい、恰好良く見せようとしてポーズを取ってしまう。裸になればなったで、この角度は耐えられない、などと、シャッターが押せない自分と出会うことになる。

 こうした密室の規制は、写真が元来、他人の目にさらされることを前提としているせいだ。

私なにを撮影すればいいでしょう?

 Wさんのセルフヌードは迫真だった。失礼を承知で言うが、女性の裸の美しさだけをいうなら並み。取り立てて語るほどの肉体美ではない。ただ、なりふり構わない数葉が写真作品として佳作に昇華していた。ヌードにありがちなポーズを取るでもなく、ことさら色っぽいシナを作るわけでもない。なにか、叫んでいるような仕草、髪をかき乱しているカット、部屋の壁を突き抜けようとでもしている姿態…。絵画か何か、どこかで見なれたようなお決まりのポーズ写真との落差は大きかった。その段差についてWさんに訊いてみた。

 「写真を始めたころは、渋谷や住んでいる街(世田谷区)をスナップしていました、でも、何を撮ってもそれ以上のことはなく、表現するほどの作品にまとまっていかない。ヌードも、どれが良い作品でどうしたら駄作か判断しきれません。それをお尋ねしようと思いまして」

幼稚園の運動場に鯉のぼりが揚がる。樟の若葉がさわやかな日(著者日録より)
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新宿の寺のシダレザクラ。今年もみごとに咲いた(著者日録より)
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 写真としての良し悪しが判らないというのだ。お決まりの、というのは、もちろん批判を含んだ私の言い草で、10年ほど前から、若い女性のセルフヌードが流行った時代を踏まえてのことだった。彼女たちの多くは、写真を世過ぎとしたけれど、何を、どう、撮影していったらよいものかテーマが見つからない。もがいた末に、自分という身近な題材に行き着いたのだ。手っ取り早く「作品」らしきものをを制作することができる。

 写真は実に正直で、撮影者の心情をよく顕わしてくれる。Wさんのセルフヌードの内、注目すべきは肉体による心の”もがき”が画面に漂ういくつかの作品だった。自分は誰? どこへ行きたいのか、何をすればいいのか、写真とは? そういった迷いがストレートに感じられた。

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著者プロフィール

宮嶋 康彦
(みやじま やすひこ)

宮嶋 康彦

1951年長崎県佐世保市生まれ。写真家、作家。東京造形大学講師。『紀の漁師 黒潮に鰹を追う』(草思社)、『誰も行かない日本一の風景』(小学館)、『蛍を見に行く』『この桜、見に行かん』(文藝春秋)、『花行脚・66花選』(日本経済新聞社)、『たい焼の魚拓』(JTB)、『脱「風景写真」宣言』(岩波書店)、『写真家の旅―原日本、産土を旅ゆく。』(日経BP社)など著書多数。自身のホームページでは写真と文章を毎日更新。

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