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なぜ感染拡大は防げなかったのか

10年前の経験が生きなかった畜産王国、宮崎の瀬戸際

  • 篠原 匡,蛯谷 敏

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2010年5月19日(水)

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 宮崎県都農町で口蹄疫(こうていえき)に感染した牛が4月20日に発見されてから約1カ月。5月17日に政府は鳩山由紀夫首相を本部長とする口蹄疫対策本部を発足させた。翌18日は、宮崎県の東国原英夫知事が県として非常事態を宣言。収束の気配が見えない口蹄病の猛威に、地元関係者は、怯え、疲弊し切っている。悲劇はなぜ引き起こされたのか。

(日経ビジネス 篠原匡、蛯谷敏)

 この光景は一体何なのだろうか。

 がらんどうの牛舎。床一面には雪のように消石灰が積もっている。普段、乳牛がつながれている一角を見ても、生き物の気配はまるでなく、辺りは静寂に包まれているかのよう。柱に据えつけられた大型ブラシ、送風機も白い灰にまみれている。

 牛舎の外側に広がる光景も異様の一語だ。周囲の青田とコントラストをなすように敷地内の草花は白く染まっている。トラクターなどの農業機械も白一色。すべて消毒のためである。消石灰の影響だろうか。消石灰をまいた直後には、よたよたと歩き回る野ねずみの姿も確認された、という。

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 この農場の奥には、1メートルほどの高さにならされた土盛りがある。この土盛りはここで飼育されていた126頭の乳牛を埋設した痕跡。家畜伝染病、口蹄疫の発症によって全頭殺処分となった乳牛の墳墓である。

 「先日、ようやく殺処分と消毒が終わったんですよ」。宮崎県川南町で農場を経営する黒木俊勝氏は淡々とした表情で言った。

 伝染力が非常に強い口蹄疫。蔓延を防ぐため、家蓄伝染病予防法によって、1頭でも感染した家畜が見つかると、その農場の家畜はすべて殺処分となる。黒木氏の農場でも感染が確認されたため、全頭処分の対象になった。祖父が1頭から始めた乳牛生産。親子3代、こつこつと規模を拡大していたが、一瞬にして無に帰した。

「『全滅』しかゴールはないのか…」

 口蹄疫感染牛の第1例を確認した4月20日以降、宮崎県では11万頭を超える牛や豚が殺処分の対象になった。だが、その猛威は収まる気配がない。それどころか、日に日に感染エリアが拡大している。

 5月15日には、宮崎県家畜改良事業団で飼育されている「宮崎牛」の種雄牛でも感染を確認。同事業団で飼育している種雄牛49頭が殺処分の対象になった。事業団から特例的に避難させた優秀な6頭の種雄牛も検査を受けることに。口蹄疫だとすれば、「宮崎牛」ブランドが存亡の瀬戸際に立たされる。

 畜産王国、宮崎に降りかかった厄災。これまでに殺処分の対象になったのは豚10万5519頭、牛8654頭など、約11万4000頭(5月17日時点)。この事態を受けて、東国原英夫知事は宮崎県内に非常事態宣言を発令した。

 特に、その被害が集中している川南町は壊滅的な打撃を受けている。町内で飼育している牛や豚の半数以上が殺処分の対象となった。「このままでは川南から牛や豚がいなくなる」。JA尾鈴畜産部の松浦寿勝部長は、一点を見つめたまま語った。

 川南町では町内の各所に消毒ポイントを設けて行き交う車両の消毒を進めている。発症した農場の周辺の立ち入り制限も実施するなど、不眠不休の対策を続けている。それでも、感染拡大は止まらない。「『全滅』しかゴールはないのか…」(ある農協関係者)。先の見えない展開に、関係者の焦燥は臨界点を超えている。

 見えない災厄、口蹄疫。感染に怯える畜産農家の惨状は、現地では“生き地獄”とも形容されている。

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