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安全保障観なき新首相に問われる現状認識力

決着していない普天間問題、日米安保はどこへ向かう?

  • 鍛冶 俊樹

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2010年6月8日(火)

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 「普天間問題について、発言したのを聞いたことがない」――。

 菅直人新首相について、石破茂元防衛相はこんな懸念を示した。市民運動家から政治家になったという経歴の菅首相だけに、安全保障や防衛、外交についての話題は積極的な発言は避けてきたということだろう。だが、一国の総理が安全保障について意見がないというのでは、石破氏ならずとも不安になって当然である。

 どうやら菅首相も、周囲が不安視する事実は知っているようだ。6月4日の民主党代表選の立候補演説で、『平和の代償』という書物を引き合いに出して不安の払拭に努めたというのがその証左であろう。

 『平和の代償』は国際政治学者の永井陽之助氏が書いた名著で、1967年に出版された。1960年代はマスコミも学界も日米安保条約反対の意見が圧倒的であったが、永井氏はそんな時流の中で、日本が平和を維持していくためには日米安保条約がいかに必要かを順々と説いた。左寄りの意見が主流の時代にあって永井氏の主張は右寄りの少数意見と見なされたが、現在では永井氏は正しかったとする評価が定着しているようだ。

 この書を引き合いに出したのは、つまりは菅首相が日米安保の必要性を理解しているということを表明するためと読み取れる。菅首相は「学生時代にこの書を読んだ」と述べているが事実、菅首相の出身校である東京工業大学で永井氏は教授を務めており、2人は面識があった。市民運動家となった菅氏について永井氏は「彼はいわゆる左翼ではない」と前向きな評価をしている。左翼=日米安保反対の図式があった中での評価だから、菅首相は永井氏から日米安保容認派のお墨付きを得ていたことになる。

 だが、これこそは語るに落ちたというべきであろう。つまり学生時代に読んだ本を引っ張り出さなければならないほど、菅首相はその後、安全保障について語っていないことを逆に証明してしまったわけだ。

普天間の公約は果たされたのか?

 そもそも『平和の代償』は、米ソ冷戦期に書かれた本である。半世紀近く前の国際政治学者の意見から一歩も出ない外交感覚では、今の政治家として望ましくない。米ソ冷戦を前提とした日米安保必要論が、冷戦終了後の現在、そのまま通用すると考えるわけにはいかないだろう。

 菅首相が安全保障の根本をどう考えているかは、相変わらず不明なままだ。『平和の代償』と同じ考え方だと言われても、そこから「冷戦期には必要だった日米安保も冷戦後には不要になる」という全く逆の結論を導くこともできるのだ。

 鳩山由紀夫前首相は昨年の段階で普天間移設問題について今年5月末決着を約束し、ともかくも現実に日米共同声明に漕ぎ付けた。鳩山氏自身はこれをもって「普天間問題決着の公約は果たされた」と考えており、菅首相も同様の認識を示している。しかし、現状は、誰も普天間問題が解決したとは思っていないし、解決の見通しが立ったとすら考えられないというのが正しい認識ではないだろうか。

 自民党政権時代に普天間基地を辺野古に移設することで、日米は合意していた。沖縄県知事も辺野古の地元である名護市の市長も、移設容認の立場だった。ところが、鳩山前政権はこの辺野古案をいったん反故にし県外移設を模索し迷走した挙げ句、米国の合意が得られないと悟って、結局、元の辺野古案に戻った。これが5月末に出された日米共同声明である。かつての合意を確認しただけの文書に過ぎない。

 以前と大きく異なるのは、鳩山政権の県外移設の言葉に沖縄県民は強い期待を抱くようになった点だ。名護市長は辺野古移設反対派に代わり、沖縄県知事も県民感情への配慮から同様の立場を表明せざるを得なくなった。つまり鳩山政権が迷走したため、せっかく形成されつつあった地元の合意がすべて無に帰してしまったのだ。

地元の理解なしに基地は存続できない

 自民党政権時代においてもこうした地元の合意を形成するのに約10年の月日を必要としている。もともと普天間移設は1994年、沖縄で起きた海兵隊員による少女暴行事件に端を発した基地反対運動を解決するために、当時の橋本龍太郎首相の強い意向で日米合意に至ったものだった。その後、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と歴代自民党政権下で粘り強い交渉が繰り返され形成されてきた合意である。

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