最近、若い世代の方々に「地元と東京、将来どちらで働きたいですか?」という質問を投げかけてみました。
「今は田舎で働いていますが、東京に行きたい。公共交通機関も発達しているし、刺激的な街だと思うから」
「地元を拠点に世界で仕事をしたい」
「地元で働きたいと思っています。満員電車で命を削るよりも車で通勤したいので」
意見は様々でしたが、全体の傾向として私が学生であった20〜30年前よりも、特に東京にはこだわらない「地元」スタンスになっている印象を受けました。
急成長にリバウンド避けられず
資本主義社会での企業は拡大志向であり、売り上げを伸ばし、それに応じて企業の規模も大きくなっていくのが当然の理想でしょう。例えば小さな地方都市で人気だった店は、事業拡大とともに東京へ進出し、さらなる成功をおさめれば今度は海外進出をはかります。
もちろんそこまでのサクセスストーリーは数少ないでしょうが、人間の小さな思いから始まったビジネスはその欲望とともに成長し、終わりなきゲームが繰り広げられていくことになります。
地方から大都市へ。日本はまだまだ東京に人や資本が集中する「ビジネス東京主義」です。日本の近代資本主義は、東京への憧れ、東京で成功する野望とともに急成長を遂げて来たと言えるかもしれません。
しかし今、その成長に陰りが生じてきています。陰り、というよりは限界と言った方がいいかもしれません。あまりにも急激な成長は自然の原理に反するものであり、自然に逆らえば必ずそのリバウンドがあるのです。
もはや飽和状態、憧れの対象でもなくなりつつある東京。これからのビジネスの在り方、スタイルはどんな方向へ向かうのでしょうか。
グローバル企業に勝るローカル企業
2008年から約1年間、私はアウディデザインのサテライトスタジオ勤務のためカリフォルニアのLA(ロサンゼルス)に暮らしましたが、そこで1つ面白いヒントを見つけました。カリフォルニアのライフスタイル誌『C』に掲載されていた記事です。“Taste sensation-California cult icon- 味のセンセイション-カリフォルニアのカルト・アイコン”というヘッドラインで取り上げられていた会社は「In-N-Out」。
「In-N-Out」は、日本人にはなじみのない名前ですが、LAに精通している人ならおなじみのハンバーガー・ファストフード店です。その企業理念は、事業拡張はせずに、あくまで地元カリフォルニアで愛されるハンバーガーを作り続けることにありました。
そして実際、カリフォルニアでは大人気のハンバーガー・ショップです。ほかの地域での出店やグローバル進出はせず、ファミリービジネスとして頑なにその基本方針を守り続けています。
「実はこのIn-N-Outの創業は、世界ブランド“マクドナルド”と同じ1940年代のことで、それもともにカリフォルニア州のサンベルナーディノの付近で創業しています。日本でも誰でも知っている人気のマクドナルド。まさしく世界のアイコニック・ハンバーガー・ブランドですが、LAで人々に尊敬され愛されているブランドかというと、少し疑問があります。
LAでIn-N-Outとマクドナルドに入れば、その違いがよくわかります。In-N-Outの店内はどこも大変賑わっているだけでなく、そこで働いている人も食べている人も何かとても幸せそうなのです。たかがファストフードにも関わらず、In-N-Outに行くだけで嬉しい。
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デザイナー、SWdesign TOKYO代表、Audi Design Partner。1961年東京生まれ。武蔵野美術大学卒。84年日産自動車入社。シニアデザイナーとして、初代セフィーロ(88年)、初代プレセア(89年)、セフィーロワゴン(96年)などの量販車を担当した。89〜91年、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート留学。日産勤務時代最後の作品として電気自動車のハイパーミニをデザインした。98年、アウディAG/アウディ・デザインへ移籍。シニアデザイナー兼クリエーティブマネジャーとして、現行のA6、Q7などの主力車種を担当した。アウディのシンボルとも言えるシングルフレームグリルをデザインし、その後「世界でもっとも美しいクーペ」と評されるA5を担当した。そのほかAudi Pikes Peak Quattro、Audi Avantissimoなどのショーカーも担当した。2009年6月アウディから独立。自身のデザインスタジオ「

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