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「政治家が身を切らないと、消費税は上げられない」という幼稚な議論

北海道大学法学研究科/公共政策大学院准教授・吉田徹氏に聞く

  • 芹沢 一也

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2010年7月9日(金)

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 「誰かのせいにする。そこで考えを止める」--我々はつい、こうした「幼稚」な道筋にはまってしまう。そこから抜けて冷静な議論をするには、あらかじめ知っておきたい、考えておきたい材料や課題がある。しかし、それらは研究機関や専門家の中では常識でも、メディアに分かりやすい形で出てくることがなかなかない。

 この企画は、若手研究者をつなぎ、「知のプラットフォーム」を謳うグループ、SYNODOS(リンクはこちら)を主宰する芹沢一也氏に、アカデミックの先端で活躍する若手研究者と我々を接続してもらおうというものだ。現代の中で求められる「知」を、くだけた対話によって手に入れ、「幼稚」から脱出する手がかりをつかもう。

── 参院選がいよいよ明後日に迫りました。しかし、「二大政党になれば政権交代しやすくなり、民意が政治に反映しやすくなる」はずが、「どっちもどっち」と、がっくりしている方も多いのではないでしょうか。今回は若手政治学者の吉田徹さんから、ご著書『二大政党制批判論-もうひとつのデモクラシーへ』(光文社新書)をベースに、お話を伺います。

吉田(以下:吉) 日本では「理想的な制度を作れば理想の政治が実現する。そしてそれは二大政党制だ」とされてしまいました。しかし政治学の世界では二大政党制はレアケースというのが常識。弊害も多い。制度自体の良否ではなく、その制度下でその国の社会と政党政治とが調和するかが、本質的な問題なんです。

── そもそもの話からうかがいますが、「政党」って、何のためにあるのでしょうか?

「改革」以外に売れるネタがない

 政党とは、共通の目標、分かりやすくいえば「利害」が一致する人々が作る組織です。自分たちの利害を国政の場に伝える道具であり、手段なのですね。

吉田 徹(よしだ・とおる)
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、日本貿易振興機構(ジェトロ)を経て東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、北海道大学法学研究科/公共政策大学院准教授。専攻はヨーロッパ比較政治、フランス政治史。著作に『ミッテラン社会党の転換』(法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(光文社新書)、共編著に『政権交代と民主主義』(東京大学出版会)、『フランスと欧州統合』(法律文化社、近刊)など
(写真:大槻 純一)

 だから、自分の生活の延長線上に政治があるのが、政党政治の本来の姿。例えばオーストリアでは、所属する党によって、どの学校や公団に入れるか、どの保険会社と契約するか、どの葬儀屋を選ぶか、全部決まります。つまり、政党には社会的な紐帯を作り出す機能が備わっていたし、だからこそ、ヨーロッパのデモクラシー(民主主義)は足腰が強い。ただ、先進国では社会の流動性が高まることで、政党帰属意識が低くなってきているのも確かです。これは日本だけの問題ではないというところに救いがあります。

── 個人の利害が簡単には一致しなくなってきたので、政党の存在意義が希薄になったのですね。

 その結果、いわゆる無党派層が増える。ヨーロッパだと、彼らの不満に巣くうのは極右政党ですが、日本では既存の政党や新党が「改革」を持ち出して、無党派層を捕まえようとするんです。

── 民主党による政権交代は、そうした流れの頂点でした。加速したのが「マニフェスト」ですね。

 日本のマニフェストの作られ方にも問題があります。例えばイギリス労働党のマニフェストは、次の選挙までの時間を使って、関係者、市民団体、業界団体など、有権者のグループとひざを詰めて、ボトムアップで作られます。日本はベクトルが逆さまで、ライバル政党のポジションと勝てそうな争点を探し、逆算してマニフェストを作る。有権者を当事者でなく「お客さん」に見立てたマーケティングです。

── 有権者が消費者のように「マニフェスト」という商品を選ぶから、選挙がゲームめいてくる。我々が政治や政党と「接続している」気分が盛り上がらない、大きな理由はそれかもしれません。

 「55年体制」が崩壊した1993年以降、日本の政治には人々の確固とした利害に基づく対立軸は出てきませんでした。そうした中で、無党派層を動員するために唯一利用できるのが「改革」というキャッチフレーズでした。

「利権」がない人間なんているのか?

── 「旧来の利益誘導政治」対「清新な政治改革」の図式ですね。

 改革そのものが自己目的化して、既得権益批判があり、それを攻撃することでしか人々は動員されなくなったわけです。それまでの政治は利権を作ることが仕事だったのが、90年代に入ってから、利権を引っぺがすことが政治そのものになってしまいました。

 でも、利権で食ってない人間なんて、平たく言えばどこにもいない。とことん追いつめれば、いつかは巡ってくるババ抜きみたいなものです。結局、「改革」自体を目的にすることは、自分の首を絞めているんだということに、どこかで気付かないといけないんですよね。

── もうひとつ気になるのが、世論調査がものすごく影響力を発揮していること。まるで視聴率のように、政治という番組を左右しているように感じます。

 これは民主的な圧力の高まりの結果なんです。今までは、族議員が利益を調整したり、官僚が政策の実効性や効率性を判断してきました。それは民意に対する緩衝材にもなっていたんです。民意をコントロールする一方で、リーダーを守るという部分もあったということです。

 ところが、そうした緩衝材を、近年は改革の名の下にどんどん破壊してきた。政治主導というと聞こえはいいですが、リーダーと民意とが直接的に対峙するような形になります。そうなると、リーダーも脆弱になるし、結果的には民意だって傷つく。期待をして裏切られる、という悪循環の繰り返しになりますから。

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