「進化論的発想のすすめ」

「クジャクの羽根化」で考える日本的な商品開発の落とし穴

「赤の女王効果」と性選択のランナウェイ効果

バックナンバー

2010年7月29日(木)

1/4ページ

印刷ページ

前回から読む)

 不毛な競争のことを、しばしば「軍備拡大競争」と言う。

 軍事関係者は釈然としないだろうが、ゲンコツや棍棒で戦っていた時代と比べて、現代の非常に高価な兵器システムと高度に訓練された職業軍人による防衛システムで、画期的に人々の安全が高まったのかというと、そんなことは無いだろう。では、現代の超高コストで、下手をすると人類全体が滅亡しかねない強大な破壊力を有する安全保障システムがバカバカしいと言って、ある国が一方的に止めれば、たちまちそうでない他国によって圧迫、蹂躙される可能性は低くない。

 バカバカしいが、一方的に軍備レースから降りることは危険だし、核兵器の様に一旦獲得した破滅的な軍事技術を忘れ去ることもできない。当事者全員が合意できれば軍備縮小も可能だが、普通は、同じ安全レヴェルを維持し続けるために、嫌でも軍備レースを走り続けざるをえない。

 例えば、キツネとその餌であるウサギの関係も同様だ。自然選択によってキツネがウサギを効率よく捕まえるために、高精度の大きな耳とダッシュ力に磨きをかけると、ウサギも同様に高精度で大きな耳とジャンプ力を増してくる。そうでない個体はキツネに食べられて子孫を残せないので、ウサギ全体の遺伝子プールは、どんどん大きな耳の早期警戒システムと逃走用のジャンプ力を加速させる方向に進む。

 結局、何時まで経っても、ある場所にいるキツネの数とウサギの数はほとんど変わらないが、キツネのダッシュ力とウサギのジャンプ力はどんどん時間とともに高度化してくる。

経済成長のあり方は軍拡競争に似てなくもない

 「鏡の国のアリス」のなかで、「一か所に留まるためには走り続けなければならない」と叫んで走り回る赤の女王というキャラクターにならって、進化論では、進化競争を「赤の女王効果」と言っている。

 これは、関係がゼロサム・ゲームで、しかも依存関係にある当事者が陥る罠である。野球のピッチャーとバッターの関係も同様だ。王選手が活躍していた1960〜70年代のピッチャーと、最近のイチローが対決しているピッチャーでは、球のスピードがかなり違う。バッターとしてどちらが上かという疑問は、長距離打者と短中距離打者の性格の差もあって愚問に近いが、30年後のレヴェルアップしたピッチャーに対峙している後者の方が技術的に上の可能性は十分だ。

 著名な古生物学者S.J.グールドは、『フルハウス』というエッセイの中で、「かつて1世紀前のメジャーリーグでは、4割打者や1割打者が結構いたが、ピッチャーとバッター双方の進化競争の結果、技術レヴェルは比べ物にならないほど高くなり、その結果、選手の能力のばらつきが縮小して、打率はかつてのばらつきの真ん中あたりの、3割5分と2割5分の間に収斂するようになった」と進化論的観点をスポーツに応用して述べている。

 この赤の女王効果は、世界経済についても言えるかもしれない。ある程度の経済水準に達した国では、経済成長よりも社会の安定化、自由時間の増大や所得の平等化の方が重要と言われて久しいが、他国との競争や経済のグローバル化の現実を踏まえると、現在の経済水準を維持するためには、ある程度は成長し続けなければならないと言うパラドックスに陥っている。これは、軍拡競争に似てなくもない。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。



バックナンバー>>一覧

関連記事

Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント11 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

石井 彰(いしい・あきら)

エネルギー・環境問題研究所代表、石油天然ガス・金属鉱物資源機構特別顧問、早稲田大学非常勤講師。1974年上智大学法学部卒業。日本経済新聞社を経て、石油公団にて1970年代後半から石油・天然ガス(LNG)開発関連業 務、1980年代末から国際石油・天然ガス動向調査・分析に従事。その間、ハーバード大学国際問題研究所客員、パリ事務所長などを歴任。著書に『世界を動かす石油戦略』、『21世紀のエネルギー・ベストミックス』、『エネルギー:今そこにある危機』、『石油 もう一つの危機』、『天然ガスが日本を救う 知られざる資源の政治経済学』ほか。



このコラムについて

進化論的発想のすすめ

進化論や生態学等には、近年の社会科学の新潮流にも結構応用されているし、逆にゲーム理論などは経済学から進化論や生態学に広く取り入れられている。実際、筆者の本業であるエネルギー業界の動向分析にも、発想のヒント、切り口として結構役立ってきたと思っている。そこで、これら生物学的発想で、エネルギー分野の例も含めて、興味深い幾つかのビジネス的・社会的トピックスを、エッセイ的な知的エンターテイメントとして紹介したい。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン

日経ビジネスからのご案内