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『モロッコ革の本』栃折久美子が語る本の未来

手製本作りの「おやかた」電子書籍を大いに容認する

  • 宮嶋 康彦

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2010年8月27日(金)

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 Kindle(キンドル)、そしてiPad(アイパッド)が発売になってから、電子書籍がにわかに脚光を浴びるようになった。こういった電子書籍端末やタブレット機で読む本の対極にあるのは、言うまでもなく紙の本だ。その中でも最も遠い存在が工藝製本だろう。革などで意匠を凝らした1点物の書籍のことだ。フランス語ではルリユールといい、ヨーロッパでは数百年の伝統がある。ルリユールをわが国に広めたのは栃折久美子さんである。日本工藝製本の創始者といっていい。

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 電子書籍が世間の耳目を引き、やがて紙の本に取って代わるだろう、と語られるようになったとき、工藝製本の作家や愛好者たちは、栃折久美子という日本ルリユールの巨人が、どのような意見を持つのか、その考えを聞いてみたいと興味をもった。愛好者の心裏には「紙の本が無くなるなんてありえない」という反発があった。巨人の同調を得て、反旗をひるがえしたかったのだ。それは、新しい思想やシステムが登場したとき、伝統的な体系の揺り戻しを受ける、バックラッシュという世の習いをほうふつさせた。

 しかし、栃折さんは高齢である。すでにルリユールを引退し、都内の介護付き老人ホームで一人、静かに日を送っていることを知っていた。私もまた、工藝製本を制作する一人であり、巨人の名前は常に身近に在り、その著書はいつも手元に置いていた。できることなら、iPadのことは余談としても、めくるめく昔話を聞いてみたい…そんな願いが生じた。

 いつか、お目にかかりたいと念じるようになっていた。その思いは、iPadやKindleに背中を押された恰好で実現したのだった。

 私の製本の師匠は栃折さんの一番弟子の一人である。その師匠にお願いして面会の段取りを付けてもらった。栃折さんからの返事は心安いものであった。

コンピューターと親しむ愛らしい婦人

 栃折久美子、1928(昭和3)年生まれの81歳。東京女子大を卒業後、筑摩書房に就職。編集や造本の仕事を経てフリーの装幀家となった。

 室生犀星や森茉莉、小林秀雄や吉行淳之助など、数多くの、主に著名な文学者の書籍を装丁してきた。1972年にはベルギーの国立高等視覚芸術学校「エコル・ド・ラ・カンブル」に留学し、ルリユールを学んだ。国際製本家協会のマイスターに認定されるなど、工藝製本家としても名声を上げていく。いっぽうでエッセイストの顔も持ち、2003年刊『森有正先生のこと』(筑摩書房)では、恋人関係にあった森有正氏の思い出がありのままに記されて話題を呼んだ。生涯独身を通してきた。

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 ベルギー留学から戻った栃折さんは1977(昭和52)年、都内にアトリエを開設。1980(昭和55)年には西武百貨店に開校していた池袋コミュニティ・カレッジに『栃折久美子ルリユール工房』を立ち上げた。2002(平成14)年の暮れに工房の主催を辞すまで、何千というルリユール愛好者の指導に当たった。

 初対面は、健康な愛らしい婦人、という印象だった。ご自身でも「おかげで体の部品だけは良かったから」と自慢されるほど、とてもお元気で、毎日、数時間をアップルのマッキントッシュ・コンピューターと遊び、Wii Fitでヨガに親しんでいらっしゃる。

 「11年間、一人で母の介護をして、亡くなってから、ヨシッと真っ先に手を付けたのがマックのコンピューター(パソコンという言葉は使わない)だったの、1998年」

 都内の閑静な住宅街の一角にあるホームの生活は、何一つ不自由はないという。食堂があり喫茶室がある。緑豊かな中庭には大きな木が慰安をもたらしている。部屋の家具を動かしたり高い所から物を取ったり、人手が必要になれば係が飛んでくる。

 部屋の中央に置かれた製本用の木製プレス機。そこに1冊の本がプレスされている。造りかけの本である。その風景が醸し出しているのは、そこが、たしかに工藝製本家の部屋であるということ。栃折さんを栃折さんたらしめる光景だった。

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