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ウィキリークスのジュリアン・アサンジっていったい何者か

告発した女性とCIAの関係に関する怪情報

2010年12月24日(金)

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父方の祖先は豪州に移住した中国人?

 米軍の機密情報や米外交公電を独自に入手し、公開している内部告発情報サイト「ウィキリークス(WikiLeaks)の創設者兼編集人を務めるジュリアン・アサンジ(39)。Facebook創業者、マーク・ザッカーバーグと並ぶ2010年の「Persons of the Year」だ。、ネットによって世界を変えた。国家・政府を震撼させた。

 欧州系の名前にしてはヘンな名前。アサンジ(Assange)の名前の由来は、中国名の「Ah Sang」(アー・サン=阿桑?)だと、ご本人は言っている。父方の祖先が、1800年代初頭に中国を離れ、パプアニューギニアあたりを経由して豪州のサーズディ・アイランドに住み着いたという。母方はスコットランド、アイルランド系。言ってみれば、アサンジはユーラシアン(欧州人とアジア人の混血)ということになる。

 12月14日、潜伏中のロンドンで逮捕された。スウェーデン滞在中に2人の女性を強姦したとの容疑だ。早晩、スウェーデンに身柄を移送されることになるだろうが、これは別件逮捕の可能性が高い。米政府としては、なんとか米国内に連れてきて、身柄を拘束し、お白州で裁きたいところ。

 一連の動きには裏があるようだ。主要メディアはまだ報じていないが、アサンジを告発した女性の一人は、米中央情報局(CIA)との関わり合いがあったとする未確認情報がある。

 2010年最も注目された男、金髪のユーラシアンの素顔に迫る――

養父の暴力から逃れた母親と逃亡生活

 アサンジが生まれたのは、オーストラリア・クリーンズランド州のタウンズビル。が、生まれると同時に両親が沖合いのマグネティック・アイランドという人口2100人の島に引っ越した。そのため、幼年期をそこで過ごす。島の面積はちょうど瀬戸内海の小豆島ぐらい。自然豊かな国立公園である。

 アサンジはそこで「まるでトム・ソーヤーのような生活」を送った。ところが8歳のときに劇団経営者の父親と母親が離婚。アサンジは、母親に引き取られた。

 母親が、売れない音楽家と再婚したのが不幸の始まりだった。養父は家庭内暴力を振るう典型だったのだ。疲労困憊した母親は、養父との間に産まれた男の子と幼いアサンジを連れて家出。オーストラリア各地を転々とした。

 逃亡生活は5年にも及んだ。なんと37回も住居を変えたという。このためアサンジはほとんど小中学校には行かず、母親に読み書きを教った。学校に行かない分、アサンジ少年は手当たり次第に本を読んだ。

 こうした荒んだ少年期、アサンジがのめり込んだのは1台のおんぼろコンピュータだった。当時まだウェブサイトは存在しなかった。が、16歳のときには一人で「Mendax」と名づけたサイトを立ち上げた。Mendaxという名前は、紀元前6世紀のローマ詩人、ホラティウスの言葉「Splendide mendax」(気高く、不正直に)から取った。当時からアサンジは知的水準の高い少年だったことが分かる。

 アサンジは友人2人とともに、コンピュータ・ネットワークとテレコム・システムを使って地元の役所や企業のネットに侵入。大人顔負けのハッカーに育っていった。

 1991年9月には、カナダ大手テレコム会社・ノーテルのネットに侵入。同社の内部情報を次々とハッキングした。事態を重視した同社は警察当局に調査を依頼。警察は、電話網からアサンジを見つけ出し、自宅に踏みこんだ。

 検察は懲役10年を求刑したが、裁判官は「知的探究心とネット上をサーフする趣味が高じただけだ」と粋な判決。1200豪ドル(約9万7000円)の罰金を課しただけで放免した。

反権力の原点は、親権争いで見た「こっぱ役人」の権力乱用

 話は前後するが、この事件の2年前、アサンジは18歳のときに、16歳の女の子と同棲して一児をもうける。翌年、形だけの結婚はしたものの、警察に追い掛け回される「天才ハッカー」に嫌気がさした幼な妻はついに家出してしまった。

 役所はアサンジから息子を取り上げ、妻に親権を与えた。怒り狂ったアサンジは、実母の助けを借りて、親権争いに立ち上がった。法廷闘争は6年も続いた。

 このため、アサンジは、一時、心的外傷後ストレス障害(PTSD)にかかってしまった。その精神的ダメージは「こっぱ役人」を底辺とした「Institutional Hierarchy」(既存の権力支配層)全体に対する憤りとなった。

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「ウィキリークスのジュリアン・アサンジっていったい何者か」の著者

高濱 賛

高濱 賛(たかはま・たとう)

在米ジャーナリスト

米政治・経済・社会情勢を日本に発信している。1969年、米カリフォルニア大学卒業、読売新聞社に入社。米特派員、総理官邸・外務省担当キャップ、デスクを経て、調査研究本部主任研究員。98年からUCバークレー校上級研究員。同年から現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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