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決断ができないならば、日本を分割せよ

『政治主導はなぜ失敗するのか?』の中野雅至・兵庫県立大学大学准教授に聞く

  • 芹沢 一也

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2011年1月17日(月)

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―― 今回は元厚生労働省の官僚で、『政治主導はなぜ失敗するのか?』を出された中野雅至さんにお話を伺います。2011年になっても、このまま延々と続いていきそうな印象がある政治の混迷は、どのあたりから始まったのでしょうか。

中野 やはりバブルの崩壊からですね。バブル以前は経済成長もしていたし、高齢化も深刻ではありませんでした。そうすると、政治の側で明確な目標設定をする必要がなかった。政治家がころころ替わっても、官僚主導、つまりは「誰が責任を取っているのか分からない体制」でも、うまく回っていました。私自身の経験でも、毎年それほど変わらない通常のルーティーン仕事の中で様々な政策が作られていったという思いがあります。

 ところが、バブル崩壊後、配分できる資源のパイが縮小していくと、事態が一変します。

 少ない資源の配分は、誰かが意思決定をして「以前より取り分が減る人」を決めなくてはならなくなる。一種の不利益配分のようなことが必要とされるようになるということです。そこで、仕組みとしてはそれまでの無責任体制がつづくなかで、誰が責任を取るんだと政と官がもめだした。

 もちろん、官僚は批判される対象となるだけであって積極的に反論するわけでもないですし、民主主義社会においてはそもそも責任など取れるわけもない。政治主導が叫ばれだした背景には、こうした時代の変容があります。

中野 雅至(なかの・まさし)

 1964年奈良県大和郡山市生まれ。経済学博士。1988年同志社大学文学部英文学科卒業。1990年旧労働省入省。1994年~96年にミシガン大学院留学。2000年に新潟県総合政策部情報政策課長、2003年厚生労働省大臣官房国際課課長補佐(ILO条約担当総括)、2004年4月に公募により兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科助教授、2010年7月現より教授。近著に『「天下り」とは何か』(講談社現代新書)『公務員大崩落』(朝日新書)『格差社会の結末 富裕層の傲慢・貧困層の怠慢』(ソフトバンク新書)などがある。(写真:大槻 純一 以下同)

「官僚のせいだ」と唱えて、無為に過ぎた20年

 ぼくの問題意識は、みなが官僚主導と批判するけれども、バブルがはじけてからもう20年近くたっているのに、どうして政治主導の成果や、その具体的な影響を問わないのか、というものです。官僚主導だと批判するよりも、むしろ政治主導なるものについて、そろそろ問い直す時期にきているのではないか。それが『政治主導はなぜ失敗するのか?』を書いた動機です。

―― 「官僚主導」と呼ばれるほどの官僚のパワーの源は、そもそもどこにあるのでしょうか?

中野 官僚の「パワー」に、何か法的に明確な権限があるわけではないんです。戦前の「天皇の官吏」とは全く違って、戦後の憲法・議院内閣制度の下では官僚には何の力もない。法的に認められているのは身分保障だけです。人事権は当然のことながら各省大臣などにある。政治家がその気になれば官僚を更迭することはそれほど難しいことではありません。

―― ではなぜ、パワーを持つことができたのでしょうか。

中野 バブル崩壊前の「目標なき政治」のなかでは、意見ではなく「利害の調整」が大きな仕事でした。それを政治家から丸投げされ、泥臭い交渉や説得を引き受けるなかで、利害関係についての知識や知恵が蓄積され、ネットワーク力を築くようになった。「誰それさんを先に口説いて、それからあの人に持っていくと話がスムーズだ」とかね。例えるなら、部下に仕事を丸投げしていた上司が、部下の働きなしでは身動きできなくなっている、そんな状況が、政治家に対する「官僚主導」といわれるものの実態です。

 ただし、ネットワーク力を基盤とした官僚主導体制は、長く続いた間に一種のシステムのような、強固で複雑なものになっていることも確かです。そのため、このシステムを壊すのは非常に難しい。その一方で、政治主導体制といっても即座に新しいシステムを構築できるわけでもない。現実的な路線とすれば、官僚機構が変な気を起こさないように監視しながら、既存のシステムをコントロールしていくということが重要だと思います。

目的なき政治が、利害調整を「パワー」に変えた

―― それにしても、なぜ日本の政治はここまで官僚に「丸投げ」をしてきたのでしょうか。

中野 日本の政治というのは、典型的なのは公共事業ですが、供給側というか、企業側に立ったモデルなんですね。公共事業を地域に落とせば、まわり回って皆が富むんだという考え方が浸透している。業界団体や企業と利害を調整し、彼らを規制で保護したり、補助金を出したりすれば、そこに雇用が生まれ、そこで働く人の福利厚生にもなるんだと。

 悪く言えば、官僚機構は個人や社会と直接向かい合わず、企業などの中間団体を通じて間接的に向かい合ってきたにすぎないのだと思います。

 このようなモデルのもとで、官僚の誰かが何か目的をもって決めているわけではなく、ひたすら政官業の関係がうまくいくように回してきたわけです。「調整型官僚」という言葉がありますが、まさに波風立てずに調整するというのが官僚の主な目的となったのです。各省がそれぞれ所管する業界と利害調整をして、それぞれの政策目標を追求する。それをホッチキス止めして合体して出来上がったのが日本政府、という感じだったと思います。

 それが90年代後半以降になると、長期不況と少子高齢化が重なって、そうした仕組みは維持することが難しくなってきた。そうなると、全体の目標を設定した上で、政策に優先順位をつけて「やるべき政策」「やらなくてもよい政策」を峻別し、それについて最終的な責任を取らなくてはいけなくなった。けれども、誰もそれができないで、意思決定できないまま、ずるずる進んでしまっている。それがいまの日本だということです。

―― バブル以前は政治の側が明確な目標を提示しなくても、官僚の調整力によってうまく回していける環境だったと。それは現場の意見を吸い上げて政策決定していくという、いわばボトムアップ式ではあったわけですよね。それが機能しなくなったということですか?

中野 機能しなくなったというよりも、全体のパイが縮小していくと、かつてのように業界団体ごとの利害を全部積み上げていくのが財政的に不可能になった。その結果、利害調整的な政策決定が許されなくなったということです。

 しかも、高齢化の進行によって社会保障費は年々増大していく。気がつくと、財政赤字が膨大に膨らんでしまった。今の日本の財政赤字は日本の政治の象徴だと思う。確かに、まだまだ無駄はあるし埋蔵金を掘り起こすことは可能かもしれませんが、取るべき税金を取ることができずに、政府サービスだけを垂れ流している現状こそ、政府のマネジメント能力のなさを示していると思います。

―― ということは、優先順位を付けて資源配分すべき政治家に責任があり、官僚は変わる必要はない、ということでしょうか?

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