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嗚呼 “ニッポン”は遠くなりにけり

「日本人って何?」に答えるための「超・近代史」(前編)

2011年1月31日(月)

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 大手ハイテクメーカーで事業本部長を務める私の友人は、社内でも「国際派」で知られています。彼は高校時代に交換留学生としで米国に滞在したことをきっかけに、会社に入ってからも主に海外でキャリアを積んで来ました。本社で部長を経験したのち、体制に問題があった米国現地法人に社長として就任、見事、会社を立て直しました。次にこれもまた問題があったヨーロッパの統括現地法人も立て直し、今は本社で事業本部長として日本を含む全世界、なかんずく中国を中心にした成長するアジア市場の開拓に注力しています。

 各国首脳や閣僚クラスとの社交も難なくこなす彼は、よくこんなことをつぶやくのです。

 「業績が悪かったアメリカ法人は米国人経営者に食い物にされていた。でも、もともと米国人は単純明快なので、明快な目標のもと全社員を巻き込む活動で会社を変えることができたんだ。ヨーロッパの統括法人には沢山の国が参加しており、それぞれ風土も違ったんだけど、各国の代表ときちんと話せば、それなりに心が通じる。それでずいぶんスムーズに物事が進むようになった。

 今取り組んでいる中国やアジアは国によってずいぶん違うし、民族によっても違う。同じ中国でも、北と南では大きく違う。多様なアジアでは日本の影響力も大きいし歴史問題などもある。そんな背景をもった人たちと一緒に働いていると、改めて自分が日本人で日本の会社を代表していることを意識する。

 でもそのことを意識しながら会話する度に思うんだ。

 「日本人である自分のアイデンティティは何か?」と。それが無いと相手からバカにされることは判っているので、一応、何かは言っているんだけど。とても同僚の日本人との議論には堪えない内容だよ」

 高度経済成長の時代は、「エコノミック・アニマル」という言葉がありました。バブルの時期には、「ジャパン・アズ・NO.1」という言葉も。でも、これらの言葉は日本固有のものでしょうか?

 今やアフリカを含め世界でビジネスに打ち込む中国を、「エコノミック・アニマル」と呼ぶことは可能でしょう。「チャイナ・アズ・NO.1」と言っても、全くおかしくありません。つまりこれらの言葉は、国家のある局面や状態を表していますが、共通のアイデンティティたり得る固有の独創性や特徴を表現したものではありません。

 我々はどうも、アイデンティティ無きままに繁栄を貪り、そして今は緩やかな衰退を迎えているように思えます(この先は滝のようなフリーフォールかもしれません)。日本でも、沢山の思想家がこのテーマに挑戦して、様々な答えを出して来ましたが、筆者も折に触れ考えて、常に自分なりの答えはまだ浅いとは思いますが持っています。そこで、このコラム「ニッポンを議論する基軸」でも、主として明治以降の歴史を手繰りながら、皆さんが、日本と日本人のアイデンティティを考える材料を提供してみたいと思います。

碩学に学ぶ「そもそも日本とは?」

 今回展開するのは明治以降の歴史を中心にした話ですが、それ以前の時代も含め、そもそも日本がなぜこのような歴史をたどり今のような社会・文化的特徴を有する国となったのでしょうか。まずはこの辺りから振り返ってみましょう。

 このテーマは、近隣諸国や地域との交流関係を中心にした社会・文化の地政学を俯瞰的に見ていくことで、ある程度は理解できます。

 筆者など遥か遠くに及ばない知識と思考能力を有すると思われる松岡正剛さんが事務局長を務める「日本と東アジアの未来を考える委員会」が、約2年の討議と調査を踏まえて作成した「平城京レポート」を、昨年12月奈良県が平城遷都1300年記念事業の総仕上げとして国に手交しました。

 内容に関しては、2011年1月14日付日経新聞の経済教室をご覧いただくか、直接「平城京レポート」を見ていただきたいと思いますが、経済教室に掲載された松岡さんの簡潔かつ明瞭な要約をほぼ引用すると、以下の通りです。

・古来、シルクロードは日本とつながっており、様々なものが日本に渡来して来た。そして約1300年前の平城京に於いて、政治システムや言葉や宗教を始めあらゆる東アジアの特色を凝縮したような政治経済社会モデルが1つの完成をみた。

・平安時代からは、例えば漢字から仮名を作ったように、東アジア共通性からの離脱や自立が図られ、徳川の鎖国期に於いてはそのような日本化が完成の域に至った。

・幕末維新からは、西洋列強のシステムとテクノロジーの丸ごと導入に踏み切り、それが帝国主義から過剰なナショナリズムと大アジア主義を蔓延させ、結果的に太平洋戦争の敗戦に至った。

・現在の日本は各地に米軍基地を受け入れ、どちらかと言えば東アジアとの交流よりもグローバルスタンダードを全面的に受容する国となっている。

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「嗚呼 “ニッポン”は遠くなりにけり」の著者

大上 二三雄

大上 二三雄(おおうえ・ふみお)

エム・アイ・コンサルティンググループ株式会社 代表取締役/北九州市 参与

1981年東京大学工学部を卒業後、アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア)入社。企業の戦略、オペレーション、IT、アウトソーシングを中心にしたさまざまな企業改革に従事。事業開発グループ統括パートナーとして事業開発・ベンチャー投資の責任者を務めた後、2003年に退社。現在、エム・アイ・コンサルティンググループ株式会社代表取締役。他に北九州市参与、立命館大学MBA客員教授、東京大学EMPアドバイザー、ISL幹事などを務める。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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