関税をほとんど例外なく撤廃することを目的とした、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加をめぐっては、日本の食糧自給率の低さがたびたび話題になる。「41%」という数字が一人歩きし、世界の安い食料品に日本の農家が押しつぶされる−−そんなイメージは、正しいのだろうか。
―― 「日本の食料自給率は41%、世界最低レベルだ」という言葉は、農業について語る際の枕詞のようになっていますね。
浅川 脊髄反射のように唱える方がいますが、これは実は大変な誤解を招く表現です。
そもそも「食料自給率」とは、農林水産省の定義で、国民が食べている食料のうちどれだけが国産で賄えているかを示す指標です。5種類あるのですが、よく出てくる「41%」というのはカロリーベースでの計算。国民1人、1日当たりの供給カロリーのうち、国産がどれだけかを示すものです。
こう言われると、「実際に食べている食品のうち、どれだけが国産かの数字」と思っちゃうんですが、ここに大きな落とし穴が潜んでいます。
実態は「自給率6割以上」
浅川 この指標では、まず輸入・国産問わず、日本で流通している全生産物をカロリーに置き換える。ニンジン100グラム当たり何カロリーとかですね。それを人口で割って1日当たりに換算したものを分母に、分子には国産の分をおきます。
―― まっとうな計算のように見えますが。

1974年、山口県生まれ。月刊「農業経営者」副編集長、農業技術通信社・専務取締役。1995年、エジプト・カイロ大学文学部東洋言語学科セム語専科中退。Sony Gulf(ドバイ)、Sony Maroc(カサブランカ)勤務を経て、2000年、農業技術通信社に入社。若者向け農業誌「Agrizm」発行人、ジャガイモ専門誌「ポテカル」、農業総合専門サイト「農業ビジネス」編集長、みんなの農業商品サイト「Eooo(! エオー)」運営責任者を兼務。共著に『どうなる! 日本の景気』(PHP研究所)ほか著作多数。(写真:大槻 純一、以下同)
浅川 しかし、この指標にはたくさんの問題点があります。まず、我々は流通している生産物を全部食べているわけじゃない。食べ残しやコンビニの期限切れなどで、流通している生産物の4分の1は捨てられています。ところが、その廃棄分も分母に含まれる。元から消費されない分を分母に入れるわけで、当然「自給率」は小さくなりますよね。
さらに分子のほうには、数字を小さくする“工夫”がされています。まず、国内生産量の2、3割にのぼる、流通以前に生産者が廃棄した農産物が入っていません。これらはもちろん食べられるのですが、型が不揃いなどの理由で、商売にならないと判断されて出荷されなかったものです。さらには全国に200万戸以上ある、自給的な農家などが生産する大量のコメや野菜も含まれていません。こうしたものを分子に入れて、実際に我々が食べている分を分母にすると、自給率は6割を超えます。
さらにこの指標上では、牛肉や鶏肉、鶏卵、牛乳なども、国産のエサを食べて育ったものだけが国産とされ、海外から輸入したエサを食べていたものは除外されるんです。これを国産と数えると自給率は7割をも超えてしまう。
要するに、日本の農業の生産量や生産力は、農水省発表の数字よりはるかに高いのです。
―― つまり「カロリーベースの食料自給率」は、実態より自給率を低く見せるための指標だと。目的は何なのですか。
浅川 農水省が「食料自給率向上政策」を推進するためです。10年ほど前に、食料・農業・農村基本法が制定され、食料自給率を向上させることが国策となりました。国産を振興し、将来の食料危機に備えるというわけです。ここには、「農業とは、国が安定的に食料を国民に供給する手段だ」という発想があります。
国産信仰をあおる
―― 生産者ではなく、国が農業を管理しなくてはいけない、その理由付け、エクスキューズとして、低い食料自給率という「神話」が必要なんですね。
浅川 そうです。さらには、「国産を食べるべし」というのが、食料・農業・農村基本法のベースにあって、その補助手段として輸入と備蓄があるんです。つまり、「国産最優先」がひとつの思想になっているんですね。
―― 私も「国産でまかなえるならそれに越したことはない」と考えていたのですが、そもそも、「食料自給率」なる概念を使っているのは日本だけと聞いて驚きました。
浅川 韓国だけが日本の政策をフォローして、一応、数字を出してみましたという程度で、ほかに食料自給率を出している国はひとつもない。いわんや、それで政策を組み立てている国など皆無です。
―― 食料自給意識の高まりになった事件として、1993年に起きたコメ不足があると思います。しかし浅川さんの本によれば、あのときタイ米が輸入されたのは、外国米は不味いという意識を日本人に植え付けるため、つまり国産信仰を煽るためだったと。





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