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自由化20年、牛飼いの胸をよぎる不安

成功モデルにほころび、政策不備も

  • 樫原 弘志

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2011年3月2日(水)

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 日本の牛飼いたちはたくましい。牛肉の輸入を自由化して今年で20年。政策による保護もあるとはいえ、安いオーストラリア産や米国産の対日輸出攻勢をかわし、産業としての形を着実に整えてきた。だが、彼らの胸にも最近は大きな不安がよぎる。和牛の改良と大規模化という、これまで信じて疑わなかったビジネスモデルにほころびが見えはじめているからだ。

 1990年度、約39万トンだった国内の牛肉生産量は2009年度約36万トン。国が輸入数量を割り当てる仕組みを関税に置き換え、自由化しても国内生産の落ち込みはわずかなものである。自由化が決まったのが1988年、バブル経済のまっただ中で、グルメブームが本格的に広がりはじめた時期で需要が伸びる時代だったことも奏功した。

 日本固有の遺伝資源、和牛だけをみれば、90年度の約14万トンから90年代半ばに17万トン台に膨らみ、09年度は約15万トン。不景気が続く中、高級食材としては健闘しているほうだろう。 

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 もちろん、国産牛健闘のウラには政策の支援もあった。いまなお「先見の明があった」と業界や農林水産省内で語り継がれている牛肉関税を特定財源のように扱い、子牛生産者の収入を保証する制度である。

 輸入牛肉が大量流入すれば、国産牛肉に値下げ圧力がかかり、牛の肥育業者は仕入れる子牛の値下げを迫る。母牛を飼い、子牛を生産する多数の小規模農家がしわ寄せを被ることになる。農業協同組合(JA)が自民党に圧倒的な影響力を行使していたその頃、自由化は政治的に困難な課題とみる向きが多かった。

 しかし、「子牛生産者の手取り収入を守れば自由化も乗り切れる」と常識とは逆の発想をする官僚もいた。後に農林水産省の事務次官としてコメ市場開放問題の決着を見届け、退官後、日本中央競馬会理事長在職中に急逝した京谷昭夫氏である。

しっかりした“土俵”で農家のやる気も増す

 日米交渉が妥結した88年当時の役職は畜産局長。竹下登首相と畜産族のドン、山中貞則代議士を説得し、財政当局にも認めさせた。タフ・ネゴシエーターとして日本の産業界を震え上がらせた米通商代表部(USTR)のヤイター代表も、カウンターパートの佐藤隆農林水産大臣(当時)の背後でこの官僚が描く交渉戦術には手を焼き、「ダース・ヴェイダー」というあだ名をつけた。映画「スターウォーズ」に登場する影の実力者である。

 子牛の値段が保証価格を下回ったら補給金を農家に払う肉用子牛対策(2010年度予算で248億円)は今も続き、特に輸入牛肉との競合が激しい乳用種(主にホルスタインのオス子牛)生産農家を助けている。“応用編”である肉用牛肥育経営安定特別対策(同846億円)も飼料価格が高騰する中、中身を充実させて肥育農家を守る。

 手厚い保護が妥当かどうか、財源手当を含めて制度は持続可能かどうか。関税撤廃を目ざすという環太平洋経済連携協定(TPP)への参加問題も絡み、関税収入を充当している肉牛生産の保護制度にも議論すべき点は多々あるだろう。世界貿易機関(WTO)ドーハラウンドでも削減すべき補助金の1つに分類され、今後、総額も圧縮せざるを得ないはずである。

 だが、ここで重要なのは、過去20年、ころころ変わって農家に不信を抱かせたコメ政策などと違って、子牛対策や肥育牛対策が農家に安心して経営できる環境を保証し、やる気のある農家を励まし続けたという事実である。

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