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今回の震災復興は阪神・淡路より長期化する

2つの震災を体験した安全の専門家が語る第一印象

  • 安部 誠治

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2011年3月13日(日)

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 3月11日に三陸沖を震源として起き、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した東北地方太平洋沖地震──。

 公共交通システムの安全問題に関する第一人者で、JR福知山線の脱線事故などで再発防止策を積極的に提言してきた安部誠治・関西大学社会安全学部教授は、発生時に仙台市内に居合わせ、1995年1月の阪神大震災に続いて2度目の震災を体験することになった。

 地震が現地の交通システムに与えたダメージや教訓については、詳細な分析が終わった後に改めて解説していただくが、今回はまず現地で体感した第一印象を語ってもらった。

 3月11日午後2時46分。今回の大地震が発生した時、私はJR仙台駅から南へ歩いて20分ほどのところにあるホテルにいた。そこで国土交通省東北運輸局が開いたタクシー関係の会議の座長を務めていたのだ。その討論の最中に激しい揺れに襲われた。

 1995年1月に起きた阪神・淡路大震災の時は、震源地から大阪湾を挟んで直線距離にして約40キロの大阪・河内長野市の自宅で、揺れを体験した。今回の揺れの強さと長さは、その時をはるかに上回るものだった。

 大きな揺れが収まった午後3時過ぎに、ホテルから外の通りに出た。あれほど揺れが強かった割には、仙台市の中心街であるホテルの付近に倒壊している建物はなく、意外な印象を持った。

 仙台市では、仙台空港の冠水や、海岸に近いエリアで津波による大きな被害が発生した。しかし市の中心部や海岸から離れた市街地では、倒壊した建物も少なく、表面的には被害は目につかなかった。

停電で一帯が異様な暗闇の中に

 ホテルを出て、いったん宮城県タクシー協会の事務所へ移った。タクシー協会役員のみなさんのお力も借りて、情報収集に努める。その結果、仙台空港や高速道路が使用不能、JRも全線ストップしていることが分かった。

 「仙台市内にとどまっていたのでは大阪に戻れない」と判断し、地震発生から1時間半ほどたった時点で、タクシーで山形空港へ向かうことを決断した。

 市内で大渋滞に巻き込まれ、山形空港へ抜ける国道まで出るのに1時間以上もかかった。停電で信号機が作動しなくなったことが、道路の混乱に拍車をかけていた。

 最初に乗ったタクシーは燃料のLPガスが不足しており、途中のガソリンスタンドでガスを入れようとしたが、停電で装置が動かず、燃料の補充ができない。そこでいったん、営業所に戻った。ガソリン車のタクシーに乗り換えて、営業所を再び出発する。この時点で夜の7時前になっていた。

 国道48号線で山形県内に入り、空港近くの天童市に着いたのは夜の10時ごろ。天童市は外形的には全く破壊されていなかったが、停電で真っ暗闇の中だった。同市の天童ホテルのご厚意により、布団を貸していただき、ホテルのロビーで仮眠させていただいた。

 翌日、大勢の人が押しかけることを予想して、午前8時過ぎに山形空港へ行く。前夜、東京に住んでいる息子にNTTの公衆電話から連絡を入れ、インターネットで航空券を予約してもらったので、午後1時15分発の大阪行き第1便の座席は確保できていた(スケジュールでは、同空港から大阪行きの便は1日に3本出ている)。

 しかし山形空港は、午前9時過ぎから次々とキャンセル待ちの乗客でいっぱいになり、大混乱。チェックインカウンターのシステムもダウンしてしまった。一時は、運航がキャンセルになるかもしれないとのアナウンスがあり、同じ山形県内の庄内空港や福島県の福島空港への移動も検討した。

 結局、空港係員の携帯によるデータ確認と手作業での搭乗手続きが行われる。予定より2時間ほど遅れたものの、午後3時過ぎに大阪行きの第1便が山形空港を離陸し、私は大阪への帰路についた。この時、地震の発生から丸一日が経過していた。

広域にわたったことで復興は長期化する公算

 私の体験と報道で知り得た情報を総合すると、現時点で、今回の大震災では、津波による被害と停電による社会生活・経済活動のマヒ、それから原発の問題の3つが特徴だと考える。その中でも、津波による被害が最大のポイントだろう。

 阪神・淡路大震災の時には、東側は大阪府、西側は岡山県の都市機能はほとんど無傷だったので、東西の両サイドから被災地の支援に入ることが可能だった。頑張れば、大阪と神戸の間は自転車でも移動可能な距離で、被災地のエリアもそう広くはなかった。

 しかし、今回は被災地が東北一帯の沿岸地域に広がり、車とヘリコプター(港が使用可能ならば船も)以外にアクセス手段がないのが実情だろう。このことによって、今後の支援活動やボランティア活動は相当な困難を伴うはずだ。

 今回の震災が鉄道や飛行機などの公共交通システムに与えた影響や今後に生かすべき教訓については、さらに分析を進めたうえで、この日経ビジネスオンラインにおいて改めてご報告する。

 最後に、奥さんの安否が確認できない中、仕事とはいえ雪の冬道を往復6時間もかけて天童市まで連れていってくれたタクシードライバーの鈴木氏に改めて深謝したい。

 今回の大震災の特徴は何か。どのような教訓をくみ取って今後に生かすべきか。日経ビジネスオンラインでは、安部誠治教授をはじめ関西大学社会安全学部の先生方による安全マネジメントの緊急特別講義を随時掲載していきます。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官