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あきらめない、醤油店主の意地

復旧の先に見据えた希望

2011年4月15日(金)

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肩を落としていた老舗醤油店の店主は、被災地の“ご用聞き”を始めていた。8代目と9代目。二人三脚で避難所の要望を聞き、足りない物資を送り届ける。すべてを洗い流した大津波。だが、瓦礫の大地には新しい胎動が生まれつつある。

 「何だよ、これ。こんなのここになかったぞ」。10mを超える津波に襲われた岩手県陸前高田市。八木澤商店を経営する河野和義氏(66歳)は鉄骨がむき出しになった構造物を見て唸った。河野氏は味噌や醤油を製造する八木澤商店の8代目。同店は創業1807年、204年の歴史を誇る老舗企業である。

八木澤商店8代目河野和義氏
瓦礫に埋まった工場跡地に立つ8代目、河野和義氏(写真:宮嶋 康彦)

 長男が新築した自宅周辺の光景は目の裏に焼きついている。だが、息子が建てた住居は跡形もなく、あるはずのない建物が目の前に転がっている。「倉庫かなあ。どっから流されてきたんだろうね。もうわけが分かんねえや」。

 陸前高田は三陸沿岸の中でもひときわ大きな被害を受けた。死者と行方不明者は2300人(3月31日時点)。町の大半が瓦礫と泥に覆われた。

 名勝の誉れ高い高田松原は松1本を残して全滅した。辺りには異臭が漂っている。巨木の枝に引っかかった自動車のシート、2階部分に全く別の家が重なった奇怪な建物ーー。容易に想像できない光景が広がっている。

 204年の歴史を誇る八木澤商店も、3階建ての工場を残してきれいさっぱりなくなった。瓦礫の中に、ほのかに漂うもろみの香り。加工場があったことを想起させるのはそれだけだ。

またご用聞きから始めよう

 東京出張で難を逃れた河野氏は一度はすべてをあきらめた。だが、1人の従業員が行方不明になったが、そのほかの従業員や家族は無事だった。避難訓練を繰り返し実施していたためだ。

津波に流された八木澤商店のスギ樽
津波に流された八木澤商店のスギ樽。微生物を採取する予定だ(写真:宮嶋 康彦)

 八木澤商店では行政指定の避難所ではなく、さらに高台に逃げる訓練を重ねていた。その日も長男の河野通洋氏(37歳)の指示の下、裏山を駆け上がった。どす黒い塊が蔵や工場を押し流したのはその直後だった。

 そして、生き残った人々は新たな活動を始めた。救援物資のご用聞き。避難所を回り、要望を聞き、足りない物を送り届けるという活動である。

 「不思議なもんで、避難所に物資を届けると、『どこどこには何々が足りない』という情報が入る。それで、必要な物資をその避難所に持っていく。その繰り返しですね」。物資の配送を取り仕切る9代目の通洋氏は言う。

 避難所の中には神社や個人宅など小規模な避難所が少なくない。避難所登録を出していない拠点もあり、震災当初は物資が届きにくい状況になっていた。地元密着の八木澤商店にとって、得意先の顔や名前は周知のこと。それで、ご用聞きを始めたというわけだ。

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「あきらめない、醤油店主の意地」の著者

篠原 匡

篠原 匡(しのはら・ただし)

ニューヨーク支局長

日経ビジネス記者、日経ビジネスクロスメディア編集長を経て2015年1月からニューヨーク支局長。建設・不動産、地域モノ、人物ルポなどが得意分野。趣味は家庭菜園と競艇、出張。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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