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「想へ惨禍の大津波 ここより下に家を建てるな」

心に刻みたい「災害伝承」が伝える知恵

2011年5月17日(火)

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 「災害伝承」という言葉をご存じでしょうか。全国各地に古くから伝わる言い伝えの中には、災害の恐ろしさや、防災の知恵を伝えようとするものが存在します。このような言い伝えのことを「災害伝承」と言います。防災関係者の中には、災害伝承を専門に研究している方もいらっしゃいます。

 災害伝承の中には、東日本大震災で東北地方に壊滅的な打撃を与えた「津波」に関するものも少なくありません。海洋国家である日本は、古来より数多くの津波被害に苦しんできました。そのため、津波に関する伝承がたくさん存在します。

 そこで今回の「社会を映し出すコトバたち」は、全国各地に伝わる「津波に関する災害伝承」を取り上げます。全国にはどのような伝承が残っているのか。その伝承は何を伝えようとしたのか。そして伝承を継承するためにどんな取り組みが行われているか、などについて分析します。

 1点だけ前置きを。今回取り上げるテーマはあくまで「伝承」、すなわち「故事に基づいた言い伝え」にすぎません。しかしながら記事中で取り上げる災害の様子は、震災直後の現在の視点で見ると「まだ生々しい」ものです。記事をお読み続けていただく場合は、その点について留意していただければ幸いです。

みちびき地蔵~津波の恐ろしさを伝える昔話~

 三陸地方には、少なくとも平安時代から、数々の津波被害の記録が残っています。例えば、869年には貞観津波がありました。

 そしてこの地域には「津波の恐ろしさ」を伝える民話も伝わっています。宮城県気仙沼市大島(気仙沼湾にある有人島、通称は気仙沼大島)の話として伝わる「みちびき地蔵」というお話です。

 ちなみに、人気アニメ番組「まんが日本昔ばなし」が、かつてこの話を取り上げました。ネット上には(著作者には無断だと思われるものの)動画がアップされています。

 あらすじはこんな感じです。

 気仙沼大島では、これから亡くなる人の魂(たましい)がその前日に「みちびき地蔵」の前に現れるという伝承がありました。亡くなった後に天国に導いてもらえるよう挨拶に来るのです。ある日、地蔵の近くを通りかかった母子が、数多くの村人や家畜の魂を見かけて驚きます。家に戻った母子はその出来事を父に報告するものの、父親はそれを信じようとしません。

 その翌日のこと。浜辺ではこれまでに見たことのない引き潮が起こり、村人は海藻をとって楽しんでいました。ところが、まもなくして、水平線のかなたから巨大な津波が押し寄せて来る様子が見えたのです。急いで松山に登って逃げた親子3人は、危うく難を逃れました。しかし逃げ遅れた61人の村人と6頭の牛馬が亡くなってしまうのです。ここにいたって親子は、前日に見た魂が本物だったことを確信したのでした。

 今回の東日本大震災では、残念ながら気仙沼大島でも約40人の死者及び行方不明者が出ました。また本土と島を結ぶ定期航路が運行不能になり、水道インフラが壊れてしまうなど、ライフラインの切断も大きな問題となりました。

 もちろん「みちびき地蔵」の話の中にはオカルト的(非科学的)な描写もあります。しかしながら、この「津波被害の恐ろしさ」を十分に伝えていると想います。

浪分神社~津波が二手に分かれたとされる場所~

 次に「浪分(なみわけ)」という名前の神社の話をしたいと思います。

 宮城県仙台市に「浪分神社」(若林区霞目2丁目)という小さな神社があります。1703年(元禄16年)に太平洋岸から約5キロ内陸の位置(若林区霞目八瀬川)に建立されました。1835年(天保6年)、さらに内陸の現在地に移り「浪分神社」と称するようになりました(注:建立の経緯については仙台市のウェブサイトを参考にした。このほか平安時代に建立されたとの説もある)。

 「浪分」という名前は、1611年(慶長16年)の慶長三陸津波が関係しています。

 1611年12月2日、岩手県三陸沖を震源とする地震が発生。当時の仙台藩で1700人超の死者が出ました。この死者の多くが津波の被害者だったのです。この津波は、太平洋岸から5キロほど内陸にある、現在の若林区霞目付近にも到達したと見られています。浪分神社の建立はこの津波から92年後の出来事でした。

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「「想へ惨禍の大津波 ここより下に家を建てるな」」の著者

もり ひろし

もり ひろし(もり・ひろし)

新語ウォッチャー(フリーライター)

CSK総合研究所を経て、1998年から新語専門のフリーライターに。辞書・雑誌・新聞・ウェブサイトなどに原稿を提供中。2009年より『現代用語の基礎知識』(自由国民社)で「流行現象」のコーナーを担当。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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