「紳助復帰」発言で再び世の中を騒がせた吉本興業の大﨑洋社長。創業100周年を迎える今、何を思って巨大芸能事務所を運営しているのか。その未来戦略を含めて、彼が描く「次代の吉本興業」を聞いた。

1953年大阪生まれ。78年関西大学社会学部卒業、吉本興業入社。吉本興業の東京進出を支え、漫才ブームの陰の立役者として活躍。82年吉本総合芸能学院(NSC)の担当役員に就任し、大阪に戻る。2001年吉本興業取締役、2006年副社長を経て、2009年に社長就任。(写真:的野 弘路)
―― 暴力団との交際で引退に追い込まれた元所属芸人の島田紳助氏の復帰に関して発言し、物議をかもした。オリンパスや大王製紙など、企業のコンプライアンス(法令順守)問題が話題になる時代に、なぜ、吉本興業のトップは、復帰を口にしたのか。
「身内に甘い」と言われればその通りかもしれません。ですが、吉本興業はもともと家族みたいなつき合いをしてきた会社です。長い人は、10代から死ぬまで「吉本の子」なんです。(暴力団交際問題は)反省しなくちゃいかんが、紳助はいまだに吉本の子やと思っています。人によっては「阿呆な親や」と言うかもしれません。でも、その思いを多くの方に伝えたかった。タイミングの悪さがあったかもしれないし、言葉足らずだったかもしれない。でも、別に悪いとも思っていないですし、(発言を)後悔はしていません。
「経営者は失格かもしれない」
紳助には才能がある。そういう芸人で、吉本はずっと食ってきた。お笑いだけで100年続いたわけです。「立ち直るつもりなら、いつでも待っている」という気持ちを表したかった。
まあ、社長になった時、経営者に向いていないと思いました。タレントのマネジャーとしてずっとやってきただけで、経営者は失格かもしれません。
芸人とマネジャーが兄弟のようにつき合い、ともに成長する。そんな独特の絆を吉本は守ってきた。だから100年も続いたわけで、次の100年も変えちゃいけない。ただ、変えるべき部分はあります。それで100周年事業計画を練ったつもりです。「アジア・米国を中心とした海外市場の開拓」「デジタルコンテンツ配信」「地方活性化」という3事業を強化していきます。
―― 吉本興業は2009年、TOB(株式公開買い付け)を活用して非上場化を選択した。
吉本は60年にわたって東証と大証に上場してきました。当初は意味があったけれど、ウチは大きな設備投資もありません。企業ブランドも浸透した。上場維持コストは年間4億〜5億円かかるが、利益の適正配分という観点で、そのままでいいのか。買収されるリスクだってあります。そう考えると、今後20年以上は再上場はないでしょう。
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