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陸山会事件、虚構のシナリオ

源流・西松建設事件の“生け贄”

  • 田中 周紀

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2012年2月6日(月)

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 民主党元代表の小沢一郎被告の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件の裁判。1月10日と11日に行われた小沢に対する被告人質問で、小沢は改めて無罪を主張した。次の山場は2月17日。陸山会の会計事務を担当していた元秘書で衆院議員の石川知裕が、自らを含む小沢の元秘書3人の政治資金規正法違反事件の捜査段階で取られた供述調書について、東京地裁がこれを証拠として採用するかどうかが、この日に決まる。

 この調書には、小沢と石川の共謀の様子が生々しく記されている。だが、元秘書3人の事件の裁判では「検事の威迫と利益誘導によって作成された」と認定され、大部分が証拠として採用されなかった。司法関係者の間では、この調書は小沢の裁判でも同様の扱いを受ける可能性が高いとされており、4月下旬の判決公判では小沢に無罪が言い渡される可能性があるとみられている。

 そもそも小沢の事件の発端となったのは、東京の準大手ゼネコン、西松建設の外国為替及び外国貿易法(外為法)違反事件と政治資金規正法違反事件だった。この事件の裁判では元社長の国澤幹雄が罪を認めて禁固1年4カ月、執行猶予3年(求刑は禁固1年6カ月)の有罪判決を受けている。

 だが、この事件自体、検察側が指摘する通り国澤が主導したものだったのか。事件そのものが、検察側が描いたシナリオに沿って強引に作られたものではなかったのか。関係者の証言に基づいて、その真相に迫る。

“中興の祖”の意向だった政治団体の設立

 戦前からダムやトンネルなど官公庁が発注する大型の土木工事を得意にしてきた西松建設。土木畑出身の柴田平(故人)が1983年に社長に就任して以降、業績は急速に拡大した。

 柴田は、官公庁を中心とする大規模な工事を請け負うゼネコン(ゼネラル・コントラクター:総合建設請負業者)の宿命をよく理解していた。ある元西松幹部はこう証言する。

 「柴田さんの口癖は『ゼネコンは政治家の力が影響する業界。政治家と仲良くしなければ仕事は取れない』だった。自分自身も政治家と積極的に付き合い、“建設族のドン”と言われた金丸信(元自民党副総裁・故人)とは肝胆相照らす仲。政治献金の額も多かった」

 その金丸の脱税事件と一連のゼネコン汚職事件をきっかけとして、95年1月から政治資金規正法が強化された。政治家はそれまで、複数の政治団体で企業献金を受けることが可能で、年間100万円以下なら、献金した企業名を政治資金収支報告書に記載して公表する必要はなかった。

 しかし、改正法は企業の政治献金について、(1)受けられるのは政治家が代表を務める政党支部と政治家ごとに1つしか指定できない資金管理団体、(2)資金管理団体への献金は年間50万円以下、(3)年間5万円を超える献金をした企業や、政治資金パーティー1回当たり20万円超を支出した企業名の公表、(4)資金管理団体への献金は2000年に禁止――などとして、規制と公表の基準を格段に厳しくした。

 柴田は95年6月、12年間続けた社長のポストを同じ土木畑出身で腹心の副社長、金山良治に譲って会長に就任したが、依然として代表権を持つ「実力会長」として西松に君臨した。前出の元西松幹部は「政治家とカネで深くつながることによって業績を拡大してきた柴田さんにとって、規正法の改正は由々しき事態。新たな献金の手段を求めて模索していた柴田さんに知恵を授けたのが、盟友で顧問の渕野正雄さん(故人)だった」と話す。

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