人気アイドルグループ、AKB48が2011年12月7日にリリースしたシングル曲には「上からマリコ」という、ちょっと不思議なタイトルが付いています。「マリコ」とは、このシングル曲でセンターを務める篠田麻里子(愛称・まりこ様)のこと。また「上から」とは、彼女がAKB48の中で最年長かつ高身長であることに由来する、とされています。
いっぽう、曲の歌詞が表現しているのは「年上の彼女に翻弄される彼氏」の姿。「年上の君は自由奔放で次の行動が僕にも読めない」「人混みの中、急に振り向いて君は(僕に)キスをせがんだ」(歌詞より引用)といった具合です。つまり、この曲のテーマは「上から目線」。彼女が上位で、彼氏が下位にある恋愛関係です。
ところでこの「目線」という言葉。かつて日本語の語彙には存在しませんでした。れっきとした新語なのです。それゆえ中高年世代の中には「目線ではなく、視線や視点など従来から存在する言葉を使うべきだ」とお考えの方も、多いのではないでしょうか。
さて、ここで問題提起です。この目線という言葉は、本当に視線や視点などで代替できるのでしょうか。仮に代替が不可能だとすると、理由は何なのでしょうか。今回の「社会を映し出すコトバたち」は「目線」について考えたいと思います。
目線=目を向ける方向 or ものの考え方
まずは目線という言葉の意味を把握しましょう。今回は辞書ではなく、筆者独自の分類を使います。筆者の考えでは、目線の意味は4種類あります。
第1の意味は「舞台・映画・テレビなどに出演する人がカメラや観客などに向ける視線」のこと。この意味での目線は本来、舞台や放送などの分野に限って使用する専門用語でした(筆者が発見できた初出は1978年の書籍「笑解現代楽屋ことば」)。この目線という専門用語が、おそらく番組出演者の発言などを通じて一般化しました。今日では、「カメラ目線」(カメラを見る視線)などの表現が一般的になっています。
一般化した時期は分かりません。ただ新聞記事で目線の登場率が増えるのは、少なくとも1990年代以降のことです(以下に示したグラフをご参照ください)。この新しさゆえに「目線は日本語として正しくない」という主張が存在するわけです。
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