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恋愛大国フランスの新大統領が示す人口政策の成果

ドイツに対抗すべく始まって140年

2012年5月11日(金)

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ファースト・レディは事実婚

 5月7日、新しいフランスの大統領にフランソワ・オランド氏が当選した。ニューヨークタイムズ紙でポール・クルーグマン氏は「フランスの財政・経済政策の変化が、欧州統合やユーロに与えるであろう影響」について論説している。同様の論調が目立つ。

 だが、そんなことより日本が注目すべきは、フランスの新ファースト・レディだ。フランスは、同国史上初の事実婚のファースト・レディを迎えることになる。サルコジ大統領は任期中に離婚し、何かと話題のセレブ妻と再婚した史上初の大統領だった。こういう柔軟なところがフランスらしい。

 実は、フランスのこの柔軟性が人口減少に歯止めをかけている。結婚制度を柔軟にすることがフランスの人口政策の要なのだ。おりしも日本の総務省が、こどもの日に合わせて子供の人口を発表した。比較可能な1950年以降で最も少ない数となった。少子化に歯止めがかからない日本も考えなければならない課題だ。

ドイツに対抗するため始まった人口増加政策

 フランスは19世紀後半から140年以上かけて人口増加政策をとってきた。そのきっかけは1870 ~71 年にフランスを襲った衝撃――普仏戦争における大敗とドイツ帝国の成立――である。ナポレオンの軍事力の背景には、当時欧州最大であったフランスの人口があった。フランスは当時の欧州全人口の約20%を占めた。その巨大な人口を活用し初の近代的徴兵制を導入していたのだ。

 1850~1900 年の間にドイツの人口は58.7%増加した。これに対して、フランスの人口はわずかに9.2%増加したのみだった。1850年ごろばに仏独の人口が逆転して以来、その差は開く一方であった。フランスではフランスの人口停滞が、普仏戦争の勝敗に影響したとみられていた。列強がしのぎを削る19 世紀末、“国力は人口なり”と言われた欧州において、人口の停滞を、国力の低下として懸念する声がフランス国内では高まっていた。

 フランスの人口はその後、1910~20年と1940年~50年に2度も出生率2.0を切り、大きく減少した。そして1990年代後半、出生率は1.66にまで低下した。

 フランスは、大きく落ち込んだ出生率を2.02まで引き上げた。いまや欧州ナンバーワンだ。20 世紀前半のフランスの人口は、1901 年から1950 年までおよそ横ばいであった(4071 万人→4183 万人)。それが2009 年初頭には6245 万人とほぼ5割増加した。フランス国立統計経済研究所は、2050 年のフランスの人口を7000万人と推計している。

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「恋愛大国フランスの新大統領が示す人口政策の成果」の著者

田村 耕太郎

田村 耕太郎(たむら・こうたろう)

前参議院議員

早稲田大学卒業、慶応大学大学院修了(MBA取得)、米デューク大学ロースクール修了(証券規制・会社法専攻)(法学修士号取得)、エール大学大学院修了(国際経済学科及び開発経済学科)経済学修士号。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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