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人質事件「国際社会に責任あり」

  • ポール・コリアー

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2013年1月29日(火)

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今回のアルジェリア人質事件の背後にあるマリの紛争は、国際社会に責任がある。マリ政府を支援すべき時に、米仏とアフリカ連合はそれぞれの事情で動かなかった。今こそ世界の適切な介入が必要だと、英オックスフォード大学の教授が強く訴える。

 アフリカのマリで続く悲劇的な紛争には、不運な面がある。引き金となったのは、非常に特殊な地政学的状況だった。そこに偶然のタイミングが重なり、適切な対応が取れなかったのだ。その影響が今、アルジェリアなど周辺地域に見て取れる。

世界が介入を嫌った結果だ

北西アフリカ諸国で現在、イスラム過激派により情勢が不安定になっているのは、リビアのカダフィ政権が2011年10月に崩壊したのが発端だ(写真上:AP/アフロ)

 マリは、リビアの内戦が最高潮に達した2011年10月*1まで、決して脆弱な国ではなかった。同年6月に国際通貨基金(IMF)が世界の脆弱な国48カ国のリストを発表したが、マリはそのリストに載っていなかった。低所得国の基準からすれば、しっかりとした国だったのだ。

 もちろん、マリ国内では諸民族が平等に統治されてないという問題や、政府が有効に機能していないといった問題はあった。具体的には、少数民族の遊牧民トゥアレグ族*2は平等な扱いを受けていなかったし、政治においてはコネや縁故主義、腐敗が蔓延していた。

*1=1969年からカダフィ大佐による独裁政権が続いたリビアでは、2011年に内戦が勃発、同年10月20日に同大佐が反政府軍に殺害され、政権は崩壊した

*2=アルジェリア、マリ、ニジェールを中心に生活している遊牧民で、1960年代以降、マリで分離闘争を繰り返していた。2011年にリビア内戦に加わり、軍事力を蓄えたことから2012年1月に再び独立紛争を開始した

 独裁体制を抜け出した民主主義国家の多くでは、民族闘争と政治腐敗が組み合わさることで、独裁政権の時代以上に政治的暴力に陥りやすくなる。

 リビアのムアマル・カダフィ大佐の政権崩壊により、リビアにため込まれていた武器の多くが紛争をたくらむ武装組織の手に渡り、北アフリカ一帯の軍事的脅威は高まった。だが、この脅威は本来、回避できたはずだった。

 似たような状況は以前にもあった。1997年に東欧のアルバニア経済が破綻した時、混乱の中で武器が略奪され、それが紛争を引き起こし、歴史の教訓となっていた。

 ところがカダフィ政権が崩壊した際、国際社会はリビアに集積していた武器の安全を確保すべく地上戦を展開すべきだったが、各国に陸軍を派遣する気はなかった。

 こうした状況下で差し迫った課題とは、いかにリビア近隣諸国の政権を守るかだった。マリで言うなら、満足な装備も持たず、エリート層の無能な子弟が司令官を務める軍隊を戦闘力を持つ軍に変えることだった。

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