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ゴーンが日産常務に抜擢した男

ジヤトコ、秦 孝之社長の素顔

2013年12月24日(火)

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 日産自動車は12月20日、関連部品大手ジヤトコの秦孝之社長を2014年2月1日付で常務に迎えると発表した。同氏は成長市場であるアフリカ、中東、インド地域を統括する。ジヤトコはCVT(無段変速機)で55%の世界シェアを持つトランスミッション大手で、日産以外にも三菱自動車、スズキ、米ゼネラル・モーターズ、仏ルノーなどに供給している。

 秦氏は日商岩井(現・双日)から米ゼネラル・エレクトリック(GE)、SABIC(サウジアラビア基礎産業公社)日本法人社長を経て、2011年にジヤトコ社長に就いた。日産のカルロス・ゴーン社長が自らスカウトして実現したこの人事は、業界内で話題を集めた。今回の抜擢は、ジヤトコでの実績や、SABICで培った中近東への知見などが評価された面が大きい。

 日産は中期経営計画「パワー88」において、2016年度に世界シェア8%、営業利益率8%という意欲的な目標を掲げているが、11月に通期見通しを下方修正した。これに伴い大幅な人事・機構改革を実施。従来3つに分けて統括していた地域を、6に分割するなど経営体制をきめ細かく見なおして成長軌道への復帰を目指す。

 自動車市場の成長が見込まれるアフリカ、中東、インド地域を担うことになった秦氏とは、いかなる人物か。日経ビジネスは2013年7月1日号で、彼の素顔に迫っている。それは、その経歴からは考えられないほどの、挫折の記録でもある。そして、挫折から得たものこそが、彼をここまで押し上げてきた。同記事を再掲載する。

挫折を経験した「普通の人間」が、41歳で移った米GEでリーダーへと変貌。日産自動車社長のカルロス・ゴーンから請われ、変速機大手ジヤトコ社長に。「全員をリーダーに」という野望を掲げ、一部品会社を覚醒させようとしている。

(写真:陶山 勉)

 「カルロス・ゴーン(日産自動車社長)に会ってもらえませんか」。2010年11月、人生を変える1本の電話が日産からかかって来た時、秦孝之が最初に思ったことは、「何かやらかしたのか」だった。日産は、当時秦が社長を務めていたサウジアラビア基礎産業公社(SABIC)日本法人が樹脂材料などを売り込む顧客だったからだ。

 だが、電話の内容は秦に対するスカウトだった。そして2011年6月、秦は日産が75%出資するグループ中核企業、ジヤトコの社長に就いた。

 ジヤトコは自動車部品の変速機を手がける企業だ。日産と仏ルノーはもちろん、スズキ、三菱自動車、米ゼネラル・モーターズなどに製品を供給。特にCVT(無段変速機)では世界シェア55%を占める。

 「最も効率良くエンジンの力を発揮できるCVTは、本当にすごい技術。次世代のエコ技術の切り札にしたい」。秦は愛おしそうに目を細めながら自社製品の長所を語る。にこやかで紳士的な言葉遣い。謙虚で柔らかな物腰。それでいて抜群のリーダーシップとコミュニケーション能力を持つ。それが周囲の秦への評価だ。

 日商岩井(現双日)、米ゼネラル・エレクトリック(GE)、SABICを経て、ゴーンのスカウトを受けジヤトコに転身。その経歴から判断すれば、秦は順風満帆なエリート街道を歩んできた経営者に見える。

 だが、事実は全く異なる。秦の現在のリーダーシップを形作ったのは、幾度も挫折を繰り返し、自分の凡人ぶりに臍(ほぞ)をかんだ歴史の積み重ねだった。

コメント1件コメント/レビュー

日本にもこう言う経営者がいるんだ、というのが正直な感想。「優秀な人材が去っていっても、一度覚醒した組織は、絶え間なく次のリーダーを輩出していくはず。」と言い切るまで組織が全体として変わったかどうかは、その後のジヤトコの状況を見れば分かるのだろうが、2年間で社員1万人の会社をそこまで変えられる日本人経営者がいると言うのは信じ難い、という思いもある。アメリカの大会社で再建を成し遂げた経営者を見てきたが、彼は管理者には厳しく接していた。アメリカ流で、自分が社長になった時には数人の腹心を主要ポストに据え、彼等の口から「新しい経営方針に賛成出来ない管理者は今直ぐ部屋を出ろ(退職勧告)」と言わせるものだった。社長自身はにこやかに社員に語りかけ、将来性の少ない部門は市場占有率を上げたがっている会社に高く売り、その金で自社の事業を拡大する種になる会社を買う、と言う事を矢継ぎ早に行った。多分、社長就任の前提条件として、事業規模の割に多過ぎる社員の整理を要求していたのだと想像しているが、やる事が兎も角「早い」という印象だ。アメリカのホワイトハウスには4千人近くの人が働いているらしいが、大統領が変わる毎に総入れ替えして、直ぐに仕事を始める国だから、「就任してからゆっくり考える」人の多い日本とは大きな違いだ。日本人経営者でも大きな改革をしようと取り組んだ経営者は存在するのだろうが、既得権を無視し切れないという弱点が邪魔をする事が多い。アメリカ軍による占領を経て大きくアメリカナイズされた日本だが、文化的には「義理と人情」も天皇制も根強く残っている。こういう状況で記事に書かれている事が出来る日本人と言うのはすごい事だ。私はゴーンが日産で成功した要因の一つに、日本人が外人に弱い、という事があると思うのだ。彼が日本人だったら、彼がぶち当たった以上の多くの抵抗がアッタであろう事は間違いないからだ。日本も悪くないじゃないか!(2013/12/24)

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「ゴーンが日産常務に抜擢した男」の著者

広岡 延隆

広岡 延隆(ひろおか・のぶたか)

日経ビジネス記者

日経コンピュータ編集部、日本経済新聞産業部出向を経て2010年4月から日経ビジネス編集部。現在は自動車など製造業を担当している。これまでIT、電機、音楽・ゲーム、自動車、製薬産業などを取材してきた。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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日本にもこう言う経営者がいるんだ、というのが正直な感想。「優秀な人材が去っていっても、一度覚醒した組織は、絶え間なく次のリーダーを輩出していくはず。」と言い切るまで組織が全体として変わったかどうかは、その後のジヤトコの状況を見れば分かるのだろうが、2年間で社員1万人の会社をそこまで変えられる日本人経営者がいると言うのは信じ難い、という思いもある。アメリカの大会社で再建を成し遂げた経営者を見てきたが、彼は管理者には厳しく接していた。アメリカ流で、自分が社長になった時には数人の腹心を主要ポストに据え、彼等の口から「新しい経営方針に賛成出来ない管理者は今直ぐ部屋を出ろ(退職勧告)」と言わせるものだった。社長自身はにこやかに社員に語りかけ、将来性の少ない部門は市場占有率を上げたがっている会社に高く売り、その金で自社の事業を拡大する種になる会社を買う、と言う事を矢継ぎ早に行った。多分、社長就任の前提条件として、事業規模の割に多過ぎる社員の整理を要求していたのだと想像しているが、やる事が兎も角「早い」という印象だ。アメリカのホワイトハウスには4千人近くの人が働いているらしいが、大統領が変わる毎に総入れ替えして、直ぐに仕事を始める国だから、「就任してからゆっくり考える」人の多い日本とは大きな違いだ。日本人経営者でも大きな改革をしようと取り組んだ経営者は存在するのだろうが、既得権を無視し切れないという弱点が邪魔をする事が多い。アメリカ軍による占領を経て大きくアメリカナイズされた日本だが、文化的には「義理と人情」も天皇制も根強く残っている。こういう状況で記事に書かれている事が出来る日本人と言うのはすごい事だ。私はゴーンが日産で成功した要因の一つに、日本人が外人に弱い、という事があると思うのだ。彼が日本人だったら、彼がぶち当たった以上の多くの抵抗がアッタであろう事は間違いないからだ。日本も悪くないじゃないか!(2013/12/24)

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三品 和広 神戸大学教授