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「緑内障のケ」に何年も悩まされた私

医療業界、あおったマスコミ・・・責任は誰がとる

2014年2月14日(金)

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 ご相談

 問い:プロの医師として過労状態で働いています。このまま病院で働き続けるべきか、もっと楽な選択肢を取るべきか、迷っています。(40代女性)

 遙から

 私は病院に行くのが嫌いだ。ま、好きな人も少なかろうが。

 理由は“不信”にある。まわりを見渡すと、「毎年検査を受けていたのに…」と言いながら逝った人のなんと多いことか。

 そもそも当事者が病院に足を運ぶ動機はその時点で「ここがちょっと…」といった心当たりがある。程度の差こそあれ少なからず本人なりの深刻さがある。

 メディアがあおる健康志向や病気解説が、「自分もそこそこの世代だし…」と「ここがちょっと」の不安を膨らませ、“安心”を買いたくて病院に行く。だが、毎年「安心を買ったはずなのに…」と言い残して逝く。

 見送る側は「運だ」とか「寿命だ」とか言うが、私は“安心”を売った側の責任はないのか、と訝しさがぬぐいきれないでいる。

 どの医師に担当してもらうかも“運”。うまく見つけられるかも“運”。治癒するかどうかも“運”。生きるも死ぬも“運”。ならば、ほとんど医療は科学ではなく人間の手の届かない領域に存在する。納得いかない逝き方を“運”と片づける度に釈然としない理由はそこにある。

「緑内障の“ケ”があります」

 ちなみに、私も「そろそろ何かがあってもおかしくない世代」という不安要素を、病気番組にあおられている一人だ。

 ただコンタクトレンズを購入に行っただけなのに、「検査しますか?」と言われてつい検査をした。そしたら「網膜が薄い部位があります。緑内障の“ケ”があります。経過観察をしましょう」となった。

 安心を買いに行って、逆に不安を売られた。それから私はずっとその“ケ”に振り回されることになる。

 まず、体調を崩して仕事前に病院で点滴を受ける際に看護師から聞かれる「緑内障とかありませんね?」という確認。

 「緑内障の“ケ”があると眼科で言われました」
 「そうですか!」

 そしてカーテンの向こうでなにやらガチャガチャと慌ただしく動きが変わるのを何度も経験した。なんせ、“ケ”だから経過観察が必要でそれは半年から数年単位なものだから、今すぐ、の治療に対しては“ケ”としか言えない。でもわずかに“ケ”でもあるのなら医療側はその危険を回避して別の点滴へと薬剤の変更をする、というわけだ。

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「「緑内障のケ」に何年も悩まされた私」の著者

遙 洋子

遙 洋子(はるか・ようこ)

タレント・エッセイスト

関西を中心にタレント活動を行う。東京大学大学院の上野千鶴子ゼミでフェミニズム・社会学を学び、『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』を執筆。これを機に、女性の視点で社会を読み解く記事執筆、講演などを行う。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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中谷 巌 「不識塾」塾長、一橋大学名誉教授