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渦中のミクシィ社長を離島で直撃

電撃退任と今後について聞いてみた

2014年6月16日(月)

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東京から遠く離れた島根県海士町に姿を現したミクシィの朝倉祐介社長。その狙いは何なのか。[撮影=岸本茂樹(Kiiimon)]

 6月7日、驟雨に見舞われた東京を離れて9時間半。飛行機と電車、フェリーを乗り継いではるばるやってきたのは、島根県海士(あま)町。隠岐諸島の真ん中に位置する離島だ。

 海士町はシロイカとカキ、干しなまこが名産の漁業の町。1周約90キロメートルと比較的大きな島だが、人口は約2400人。一見すると過疎化が進むただの離島のように映る。

 だがこの町がユニークなのは、人口の2割近くに相当する約300人が、都会から移住した「Iターン」の若者である点だ。しかもトヨタ自動車やソニーなどの一流企業を辞めた、いわゆるエリートが多い。海士町の何が優秀な若者たちを惹きつけるのか、その謎を探るため、私は来島した。

 その初日。Iターンの若者を中心に取材を進める中、町中である若者とすれ違った。切れ長の目、真ん中で分けたサラサラの髪。その時は、どこかで見たことがある人だな、としか思わなかったが、その後にひょんなことからシナプスがつながった。ミクシィの朝倉祐介社長、その人だった。

騎手から東大法へ

 朝倉氏は昨年6月にミクシィ創業者の笠原健治・現会長の後を継いで社長に就任した。

 中学卒業後にオーストラリアの競馬騎手養成学校に入学したが、身長が伸び過ぎたために帰国した。北海道で馬の調教助手になった後、事故をきっかけに専門学校で大学受験資格を取得。ストレートで東京大学法学部に入り、在学中にITベンチャーを興した。

 卒業後は外資系コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社したが、再び自社の経営に戻り、2011年に買収される形でミクシィに入った。当時、30歳という若さと異色の経歴が大きな話題になった。

 その興奮も冷めやまない今年2月。第3四半期決算記者会見の場で「再成長フェーズに入ったから交代する」として突然、社長退任を発表した。その後は、メディアのインタビューはおろか、公の場にもほとんど姿を見せていない。異例の退任劇を巡り、一部メディアはリストラに伴う社員の離反が原因、などといった観測記事を流した。

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「渦中のミクシィ社長を離島で直撃」の著者

林 英樹

林 英樹(はやし・えいき)

日経ビジネス記者

大阪生まれ。神戸大学法学部卒業後、全国紙の社会部記者として京都・大阪で事件を取材。2009年末に日本経済新聞社に入り、経済部で中央省庁担当、企業報道部でメディア・ネット、素材・化学業界などを担当。14年3月から日経BP社(日経ビジネス編集部)に出向し、製造業全般を取材している。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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