• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

続・フクシマ「避難区域」にできたコンビニ

誰がその地をつなぐのか

2014年9月5日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

福島第1原子力発電所の事故から3年半。立ち入りが制限される避難指示区域内では、時間の経過が「復興」の障壁となりつつある。人気のない空白地帯を、誰が未来につなぐのか。

 道路脇から飛び出してきた動物の影に、慌てて急ブレーキを踏む。JR福島駅から取材先の福島県浪江町に向かう、およそ2時間半の道のりを往復する間で、2度ほどそんなことがあった。タヌキか、それともイノシシの子か。工事用の大型トラックが猛スピードで何台も行き交う道を、野生の動物は我が物顔で横切っていった。

 国道114号線から県道12号線に入り、南相馬市で国道6号線を南に下る。下に示した地図で見てもらえば、目的地に対して大回りをしていることが分かるだろう。だが、それは仕方ない。福島市と浪江町を1本でつなぐ国道114号線、通称「福浪線」では今、普通の車両は浪江町まで行けない。福島第1原子力発電所の事故に伴って設定された「避難指示区域」のうち、最も制限の強い「帰還困難区域」にその大部分が含まれ、通行が制限されているからだ。

出所:首相官邸のホームページの資料を基に本誌が作成

 地図の緑色で示した「避難指示解除準備区域」と、黄色の「居住制限区域」には、特別な許可がなくても日中は出入りができる。だが、地域住民であっても宿泊は許されていない。つまり、地図中の色が塗られた範囲ではもう3年半もの間、人が住んでいない。

 伸び放題の雑草、でこぼこの道路。もともと自然豊かな土地柄ではあるのだろうが、避難指示区域内の荒れ果てた人家を見ると、その地の主が今や人間ではないことを思い知らされる。 

避難区域内のコンビニ

 浪江町に向かったのは、全域が避難区域に指定されている市町村としては事故後初めて、コンビニエンスストアが開業するからだった。8月26日、ローソン浪江町役場前店の正式オープン前日に開かれたセレモニーには、県の副知事や浪江町長、復興庁の浜田昌良復興副大臣などが出席した。

雨の中開かれたセレモニーであいさつする馬場有・浪江町長

 浪江町では原発事故後、2万1000人の住民全員が避難した。今も周囲に人気はなく、ローソンは店のすぐ隣にある役場に通勤する人と、除染や工事に従事する人だけを主な相手に商売をすることになる。

 同店はローソン本部が運営する直営店だ。特殊な立地で従業員を確保するのは難しく、社員2人を除く十数人の従業員は人材会社を通じて雇い、バスで近隣市から送迎する。営業時間は午前7時から午後3時で、日曜は休日。通常の店に比べて収益確保が困難であることは間違いない。

 だが、東北ローソン支社の村瀬達也支社長は「いつかきちんと収益化し、店舗をフランチャイズ契約のオーナーさんに引き継ぐ。我々は、そのバトンをつなぐ」と話す。

「自分が浪江に戻ることはない」

 実は同店は原発事故前、地元のフランチャイズオーナーが経営していた。開業セレモニーには元オーナーの渡辺正見さんも参加し、あいさつをした。「10年あまりにわたり、浪江でローソンを経営していた。私の生まれ育ちは(近隣の)富岡町だが、浪江は第2の故郷だった。だがあの原発事故で、ここを離れることを余儀なくされた」。

 渡辺さんは今、震災後に生活の拠点とした仙台市で新たにローソンを経営している。この秋には、仙台に新居も完成する予定だ。

 「3年半の長い月日が流れてしまった。新しい土地で新生活を始めた私が、浪江に戻ることはもうかなわない。だが、今もこの地に戻りたいと願う多くの人のために、店長、スタッフ、ローソン本部の皆さんにはぜひ頑張っていただきたい」。時折言葉に詰まりながら、渡辺さんはそう語った。

 原発事故直後は、それでも渡辺さんはいつか浪江町に戻るのだろうと思っていたという。町内には店舗だけでなく、家と土地もある。だがその家も今は天井が抜け、雨漏りがひどい。まだ見た目はきれいというが、ここからあと数年もすれば、どんな状況になるかは想像に難くない。浪江町が現在、避難指示の解除時期として目指しているのは、2017年の3月11日だ。

 「戻りたいという気持ちは今でもある。だけど戻ることはできない。辛いが、どうしようもない」(渡辺氏)。

コメント7

「ニュースを斬る」のバックナンバー

一覧

「続・フクシマ「避難区域」にできたコンビニ」の著者

中川 雅之

中川 雅之(なかがわ・まさゆき)

日本経済新聞記者

2006年日本経済新聞社に入社。「消費産業部」で流通・サービス業の取材に携わる。12年から日経BPの日経ビジネス編集部に出向。15年4月から日本経済新聞企業報道部。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

人は何か自信を持って誇れるものを持っているはずです。

為末 大 元プロ陸上選手