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日本の3Dプリンターは「非友好的」だった

この道一筋の外国人社長が語る、敗因と復活への処方箋

2014年9月26日(金)

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 電通、リコー、キヤノン、アイ・オー・データ機器、ローランド・ディージー…。

 一見関係のなさそうなこれらの日本企業には、1つの共通点がある。9月に入り、3Dプリンターに関連するビジネスへの参入が明らかになったということだ。

 記事の詳細は日本経済新聞電子版の下記リンクに譲るが、ブームがひと段落し、着実な企業活動として3Dプリンターに向き合う企業が増えてきた局面だと言える。(注:日経電子版の有料会員限定の記事もあります)

 しかし、記事で語られている内容は、各社それぞれの特色があるとはいえ、他国ですでに別の企業が手掛けている事業とさほど変わらない。3Dプリンターの量産や製造業での活用における米欧への遅れを取り戻すため、まずは追い上げようと奮起しているように見える。

 3Dプリンターを巡るこうした日本企業の動きは、海外企業の目にはどう見えているのか。四半世紀にわたって3Dプリンターのソフトウエア開発に携わっている、ベルギーのマテリアライズ、ウィルフリード・ヴァンクランCEO(最高経営責任者)に、今昔の日本と世界の3Dプリンティング事情について聞いた。

ヴァンクランさんが創業したマテリアライズは、3Dプリンター用のソフトウエア開発や、3Dプリンターによる受託製造を1990年代から手掛ける業界のパイオニアの1社です。数多くの3Dプリンターメーカーにソフトウエアを提供していますが、ヴァンクランさんは日本企業をどのように見てきたのでしょうか。

マテリアライズのウィルフリード・ヴァンクランCEO(最高経営責任者)

ヴァンクラン氏:私は25年間、3Dプリンティングの業界で過ごしています。私がこの業界で働き始めたとき、日本は3Dプリンティングにいち早く参入した国の1つでした。1991~1992年にかけて発行された3Dプリンティングに関するレポートは、日本の技術レベルが世界最高だと評価していました。しかし不幸なことに、今、世界で販売されている3Dプリンターの中で、日本企業が生産している台数は非常に少ない。

 なぜこんな事が起きてしまったのでしょう。1つ、大きな理由があります。日本の会社はマシンや素材について、確かに、高い技術や知見を持っていました。ただ、マシンがユーザーフレンドリーでなかった。利用者にとって難しくて、すごく使いにくかったのです。

 例を挙げましょう。(現在の世界大手2強の1社である)米3Dシステムズが米国で3Dプリンターを販売しようという時、当時の競争相手はソニーでした。ソニーのマシンの性能は悪くはなかったけれど、ソニーは敗れました。人々は新しいマシンを、簡単に取り扱えることを求めていた。ですが、ソニーのマシンはそうではなかった。10年前からマテリアライズは日本にオフィスを構えていますが、この点は日本企業が非常に遅れているのではないかと感じています。

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「日本の3Dプリンターは「非友好的」だった」の著者

佐藤 浩実

佐藤 浩実(さとう・ひろみ)

日経ビジネス記者

日本経済新聞社で電機、機械、自動車を6年間取材。13年4月に日経ビジネスへ。引き続き製造業を担当。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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夢の実現にあたっては強く「念ずる」。そうした心構えを支えにビジネスの世界の荒波を渡ってきました。

後藤 忠治 セントラルスポーツ会長