• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「ダークマター」に迫る加速器は実現するか

国際リニアコライダー計画の意義とは

2014年11月28日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 原子核の内部で陽子と中性子を結び付ける「中間子」の存在を予想した業績で、理論物理学者の湯川秀樹博士が日本人初のノーベル賞を受賞したのは1949年のこと。戦後の混乱期に飛び込んだ快挙のニュースは、1965年の朝永振一郎博士のノーベル賞とともに、その後、多くの科学者の「卵」たちを素粒子物理に導く大きな流れを作った。

 1971年。茨城県つくば市の北部に、東京大学原子核研究所(当時、旧田無市)などで腕を鍛えた新進気鋭の研究者約50人が集結し、素粒子実験の施設として高エネルギー物理学研究所(現高エネルギー加速器研究機構、KEK)が発足した。最初に建設したのは、陽子を加速する「シンクロトロン」と呼ぶ直径100mの円形加速器。当時、米国では既に直径2km級の加速器が作られており、世界の背中を追いかけながらのスタートだった。

実験家が支えたノーベル賞

 それから40年以上が経過し、日本の素粒子研究は現在、実験面でも世界的な競争力を持っている。2008年に小林誠・益川敏英両博士が「CP対称性の破れ」の理論でノーベル賞を受賞したが、その実証に成功したのは、KEKの敷地内で1999年に稼動した1周3kmほどもある加速器「KEKB」だ。

 2012年に、物質に質量を与える起源とされる「ヒッグス粒子」を発見した欧州合同原子核研究機関(CERN)の加速器「LHC」にも、日本の研究者が開発した装置の技術が貢献している。東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)は、岐阜県神岡町にある検出装置「スーパーカミオカンデ」と連携し、「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象の研究で成果を挙げてきた。いわゆる「ビッグサイエンス」の代表例である素粒子の加速器実験は、開発に気の遠くなるほどの年月を要することもしばしばだが、実験家たちの地道な取り組みが、こうした華々しい成果を支えてきた。

コメント0

「ニュースを斬る」のバックナンバー

一覧

「「ダークマター」に迫る加速器は実現するか」の著者

田中 深一郎

田中 深一郎(たなか・しんいちろう)

日経ビジネス記者

日経新聞科学技術部、証券部を経て、2012年4月より日経ビジネス記者。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

企業や官公庁の幹部のメールボックスの内容が、まるごと数十万〜数百万円で売られている事例もある。

名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官