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軍事、経済で
存在感を高めるパキスタン

  • Daniel Lintz

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2006年5月2日(火)

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 中国とインドという2つの人口大国の急激な経済成長に世界が注目する中、同じ南アジアの国パキスタンの経済も、シャウカット・アジズ首相が考案した経済改革計画のもとで目覚しい経済成長を遂げている。

 1999年にパルヴェーズ・ムシャラフ将軍率いる無血クーデターが成功した直後に経済改革の旗手として任命されたアジズ首相は、物腰の洗練された経験豊かな国際的銀行家だった。首相は、財政規律の確保、社会基盤の整備、外国直接投資の増大に重点を置いたかなり野心的な経済改革プログラムに着手し、これまでの6年間で、政府の財政赤字をGDPの8%から4%に減らし、パキスタンの公的債務の返済を繰り述べ、国の事業部門のほとんどを民営化することに成功した。

 結果は何よりも雄弁だ。パキスタンの経済成長率は2年連続で6%を超える堅調な伸びを見せた後、2004会計年度には8.4%と中国に次いで世界第2位を記録した。ここ6年間で、外国からの直接投資は3億2200万ドルから30億ドルと10倍近く増え、輸出も90億ドルから180億ドルに倍増。外貨準備高も21億ドルから126億ドルと大幅に増え、カラチ証券取引所の時価総額も10倍近く増大した。2001年12月31日のKSE100の株価指数の終値は1273ポイントだったが、2006年3月29日には史上最高の11,596ポイントに達した。米格付け会社ムーディーズがパキスタンの公的債務見通しを「安定」から「ポジティブ」に引き上げて、わずか2週間後のことである。

ムシャラフ将軍による巧みな政治的駆け引き

 ただし、パキスタン経済の成功のいくぶんかは、ムシャラフ将軍による巧みな政治的駆け引きのおかげでもある。1998年5月にインドとパキスタンが相次いで地下核実験を実施してから、日本、米国やヨーロッパ諸国は両国への開発援助を直ちに停止していたが、米国同時多発テロ事件の直後にムシャラフ将軍が素早く米国の対テロ戦争の最前線を引き受ける決断をしたことによって、外交関係の速やかな正常化が可能となった。

 意外なことに、パキスタンの「核開発の父」と呼ばれるA・Q・カーン博士がひそかに北朝鮮、リビア、イランへのミサイルや核兵器技術の提供に携わっていたという風評が広まり、後にそれが事実であったことが判明した後でも、関係の正常化には影響しなかった。

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