筆者にとって初めての外国は卒業論文のための調査で訪れた台湾であった。今を去ること36年前の夏、大学3年生であった筆者は1人で東京の竹下桟橋から船で当時まだ米国の統治下にあった沖縄の那覇へ向かい、那覇で船を乗り継いで2泊3日の航海を経て台湾の基隆(キールン)に到着した。
基隆からは鉄道で台北に移動。たまたま日本出発前に、高校時代の友人が台北にある知人の李さんの家に滞在中と聞いていたので、台北に到着後すぐにその家に滞在中の友人に電話を入れたところ、筆者はしばらく同家に滞在してよいことになり、未知の外国で「地獄で仏」の心境で台北駅に出迎えに来てもらった。
「この青年の人相は将来 大将になる」
それから数日後、李家の日本留学経験を持つお姉さん、友人と筆者の3人で台北市内にある湖へボートに乗りに行くことになった。その前に腹ごしらえと3人で、とある寿司屋に入りカウンターに腰掛けた。寿司をつまみながら談笑していると、突然遠くの席に座っていた50年配のおじさんが、筆者を指差しながら強い口調で何かを言い出した。台湾語なので訳が分からず、お姉さんに聞くと次のようなことを言っていると。
「自分は素人だが、好きで長年占いを学んでいる。この青年(筆者)の顔には、今日水難に遭うという凶相が強く表れている。この青年の人相は将来「大将」(「人の上に立つ人」の意味)になるという非常に良いもので、水難に遭って命を無くすことになるといけないと思い、思わず声を掛けてしまった。突然騒いで申し訳ないが、今日はくれぐれも水難に注意するように」
寿司屋に入ってから、ボートに乗りに行くという話は一切していなかったので、このおじさんの言葉の符合には驚くばかりだったが、「大将」の人相と言われれば悪い気はしない。おじさんは名刺をくれたが、確かに実業家で占い師ではなかった。おじさんにはお礼を述べて寿司屋を後にしたが、その日、お姉さんと友人がボートに乗っている間、筆者は湖畔で2人が戻るのを待っていた。「今日の水難より未来の大将」という心境だった。
これが筆者にとって、中国人社会における最初の占いとの出合いだった。いつか本当に「大将」になったらあのおじさんにお礼をしなくてはと思い、今でも我が家のどこかに36年前の古い名刺が保管してあるはずだが、筆者は人生50を過ぎても「大将」にはなれていないので、お礼をしないままで終わりそうである。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」。
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