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中国の公害問題に一石を投じた
「4.10東陽画水事件」とその実相

警察ら3000人と数万人の農民たちの戦い

2006年9月29日(金)

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 2005年4月9日、北京で1万人規模の反日デモ行進が行われ、数千人の群集が日本大使館や大使公邸にも押しかけ、石、生卵、ペットボトルなどを投げ込んだ。その余韻の冷めやらぬ翌4月10日の未明、北京から約1400キロ南に位置する浙江省東陽市でも大きな騒動が勃発していた。

市政府が農民を急襲

 東陽市は上海から南下すること約300キロメートル、同市の西部に画水鎮画渓村がある。その画渓村で、東陽市政府の指示により組織された公安警察、人民武装警察、市政府職員など総勢3000人*がバスとトラックに分乗して公害闘争を展開する農民たちを急襲したのだった。 時は早朝4時30分、所は画渓村内に東陽市が違法に建設した「竹渓工業団地」、目的は農民たちが資材や製品の搬入出を阻止すべく工業団地入口に設置した竹製の監視小屋と障害物の撤去であった。

(註)後に農民側が入手した市政府側の資料には、急襲に動員した総数は1565人、急襲者たちの輸送に使用されたバス、トラックの総数は51台と記載されていたが、これらとは別に臨時に雇われた者たちがいた可能性もあり、急襲者の総数は一般に流布している3000人とした。

 2000年頃、東陽市は画渓鎮(後に隣りの鎮と合併して「画水鎮」となる)に化学工業団地の建設を決定。団地建設予定地の村委員会委員を買収することで農民の反対運動を封じて農地収容を強行、2001年に竹渓工業団地を造成して、農薬、染色、製紙など13企業の工場を誘致した。これらの工場は2002年から操業を開始したが、いずれも公害排出企業として市街地から排除された工場であったので、操業開始から数カ月で、有毒ガスの排出、汚水の垂れ流しに起因する、水質汚染、農作物の生育不良や枯れ死、刺激性ガスによる眼病の蔓延などが出現、ついには妊婦に死産や奇形児出産が多発する状況となった。

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「中国の公害問題に一石を投じた
「4.10東陽画水事件」とその実相」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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