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北京五輪で世界一を目指す中国
巨額の褒賞金で「金メダル富豪」も続々

2006年12月22日(金)

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 2006年12月1日から中東カタールの首都ドーハで開催された第15回アジア競技大会(以下「アジア大会」)は、15日にハリファ競技場で閉会式が行われ、15日間にわたった熱い戦いの幕を閉じた。今回のアジア大会には、45の国・地域が参加し、史上最多の39競技、424種目が行われたが、国別の最終メダル獲得数では、中国が316個で1位、日本が198個で2位、韓国が193個で3位となった。全メダル数1393個に占める比率は、中国が22.7%、日本が14.2%、韓国が13.9%となり、東アジアの中・日・韓の3カ国で50.8%を占める結果となった。

ドーハ・アジア大会における中・韓・日のメダル獲得数

 4年後の2010年に開催される第16回アジア大会は中国広東省の省都・広州で行われる予定になっているが、2008年に北京で開催される第29回夏季オリンピアード競技大会、通称「北京オリンピック」を前にして、中国はオリンピック主催国としての面子を懸けて選手強化に全力を挙げ、北京オリンピックにおける金メダル獲得数世界一を目指している。その前哨戦と言えるものが、今回のドーハ・アジア大会であったが、中国の獲得したメダル数は、金165個、銀88個、銅63個で、その総数に占める割合はおのおの38.6%、20.8%、11.6%であった。中国の獲得メダル総数316個に占める金、銀、銅の比率が52.2%、27.8%、19.9%であることからも、スポーツを通じての国威発揚に向けた中国の金メダル獲得に対する強い執念をうかがうことができる。

2008年オリンピックの北京開催決定後、天安門広場に作られたカントダウン時計
2008年オリンピックの北京開催決定後、天安門広場に作られたカントダウン時計

 中国(中華民国)がオリンピックに初めて参加したのは、1932年の第10回ロサンゼルス大会であり、出場したのは陸上選手1名であった。1936年の第11回ベルリン大会には140人の代表団(選手は69人)を送り、7種目の競技に参加。第2次世界大戦終結後の1948年に開催された第14回ロンドン大会には、33人の選手が5種目に参加。翌年の1949年に中華人民共和国が成立、1952年の第15回ヘルシンキ大会に参加したのが、新中国として最初のオリンピック参加であった。

 しかしながら、1954年にアテネで開催された第50回国際オリンピック委員会総会で、中国(中華人民共和国)のオリンピックにおける合法的地位が認められたにもかかわらず、台湾(中華民国)の合法的地位も存続することとなった。このため、「2つの中国」を受け入れることができない中国は、1958年に国際オリンピック委員会との関係断絶を宣言、1979年に国際オリンピック委員会に復帰するまでの21年間、中国はオリンピックと絶縁することとなった。

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「北京五輪で世界一を目指す中国
巨額の褒賞金で「金メダル富豪」も続々」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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