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経済危機を脱しポストBRICsの有力候補となったアルゼンチン

  • 門倉 貴史

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2007年2月26日(月)

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図表 アルゼンチンの実質経済成長率

図表 アルゼンチンの実質経済成長率

 ポストBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)の有力グループ「VISTA」(ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)の一角を占めるアルゼンチンでは、2006年7~9月期の実質経済成長率が前年比8.7%増となるなど、景気拡大路線が続いています(図表)。マクロ経済が好調に推移する状況下、株式市場も活況を呈しています。ブエノスアイレス証券取引所の代表的な株価指数であるメルバル(Merval)株価指数の推移を見ると、2002年12月時点では524.95ポイントでしたが、直近では2081.53ポイントとなっており、わずか4年間で4倍の水準まで上昇しました。そこで、今回はアルゼンチン経済の現状と課題についてみていきたいと思います。

経済危機を乗り越えて

 ご存じの通り、アルゼンチン経済は、2001年末に未曾有の経済危機に見舞われました。同国は、1991年から自国通貨ペソを米ドルに対して1対1の交換比率で連動させる固定相場制を採用しました。中央銀行は通貨供給量を制限してペソの信任を高め、これによって固定相場を維持するとともに、輸入物価上昇を通じたインフレを抑え込むことにも成功したのです。

 ところが、ロシアの通貨危機が中南米に飛び火した1998年以降、ブラジルなどの周辺国は相次いで通貨の切り下げを実施しましたが、アルゼンチンだけは固定相場制を維持したため、ペソが周辺国の通貨に対して著しく上昇、輸出競争力が削がれてしまいました。中央政府や地方政府は巨額の財政赤字を抱えて、2001年末には政府が1400億ドルに上る対外債務の支払い停止(デフォルト)を宣言し、経済危機が顕在化しました。

 アルゼンチンはIMF(国際通貨基金)の金融支援を仰ぐとともに、IMFの要求に従うかたちで2002年から為替制度を変動相場制へと移行しました。通貨ペソがドルに対して急落した結果、輸出が競争力を取り戻し、それが2003年以降の景気回復へとつながります。ペソの下落でアルゼンチンを訪れる外国人観光客が大幅に増えたことも景気回復の追い風になったと言えるでしょう。

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