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中国バイアグラ『偉大な兄貴』の製薬会社
汚職役人の名前を商標として申請

商標登録騒動で知る中国医薬品業界の暗黒時代

2007年3月16日(金)

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 2007年3月1日、中国の新聞「京華時報」は、遼寧省の製薬メーカー「飛龍製薬」が国家食品薬品監督管理局(以下「国家食薬監局」)元局長である「鄭篠萸」(テイショウユ)の名前を殺鼠剤の商標として登録する申請を行い、正式に受理されたという“前代未聞”のニュースを報じた。飛龍製薬はかつて国家食薬監局が取り締まりを行った中国製バイアグラ「偉哥」(偉大な兄貴)の製造会社。商標登録を代行した弁理士は、飛龍製薬は「鄭篠萸」の商標を殺鼠剤、殺虫剤、虫下しなど一連の商品に使う予定である、と述べたという。

 ところが、8日後の3月9日、同じ京華時報は「申請を受けた国家工商総局商標局は商標法に照らし合わせ「社会主義の道徳的気風に有害或いはその他良くない影響を与えるマークは商標には使えない」ケースに該当すると判断、製薬メーカーの申請を却下した」と報じたことで、中国初の汚職役人の名前を冠した殺鼠剤は幻に終わった。

なぜ役人の名前を商標登録しようとしたのか

 それにしても、なぜ、飛龍製薬は鄭篠萸の名前を殺鼠剤や殺虫剤の商標として登録申請をしようとしたのだろうか。

汚職にまみれた国家食品薬品監督管理局元局長:鄭篠萸

 鄭篠萸が局長だった頃、国家食薬監局は飛龍製薬のバイアグラ「偉哥」を取り締まったことがある。それに対する報復の意味もあったようにも思えるが、飛龍製薬側はこれを否定し、「鄭篠萸・元局長に注意を喚起するのが目的である」と述べていた。

 元局長に注意を喚起するとはどういう意味だろうか。鄭篠萸は国家食薬監局局長時代にその地位を利用して汚職を犯した容疑で2006年12月28日に 「双規」と呼ばれる中国共産党員に対する取り調べを受けた。その結果、犯罪行為が確認されて党員資格剥奪となり、2007年3月初旬に身柄を司法機関へ引き渡されたのである。

汚職役人・鄭篠萸とは何者か

 鄭篠萸は1944年福建省福州市生まれの62歳。1968年に上海の名門大学「復旦大学」生物学部を卒業した鄭篠萸は、浙江省杭州市にある「杭州第一製薬廠」で技術者として勤務したが、1979年に杭州民生製薬廠へ移籍した。鄭篠萸はここで頭角を現し、12年後に杭州民生製薬廠を離れた時には同廠のNo.1である工場長兼共産党委員会書記に上り詰めていた。その後、浙江省総工会(=労働組合組織)の副主席、主席を歴任した鄭篠萸は、94年に北京の国家医薬管理局局長に任命された。98年、中国は国務院の機構改革を断行したが、鄭篠萸はその新しい組織、「国家薬品監督管理局」の初代局長に任命された。さらに2003年の機構合併でも「国家食薬監局」の局長に任命された。

 かつては「全国模範労働者」に選出され、第1回「全国医薬業界優秀企業家」にも選ばれたことのある鄭篠萸は、国家食薬監局局長としてワンマン方式で業務を推進、その任期中には後に不良薬品事件が多発したことでイメージアップだけの中味の無い事業と嘲笑されたGMP(Good Manufacturing Practice=薬品生産品質管理規範)認証制度の普及に力を注いだ。その後、2005年6月、60歳で局長の職を免じられ、中国科学技術協会傘下の「中国薬学会」の理事長に就任した。

 ところが、その半月後の7月、鄭篠萸の部下であった元医療機器局局長の和平が収賄の容疑で逮捕され、2006年1月には元薬品登録局局長の曹文庄も収賄容疑で逮捕された。和平も曹文庄もかつて鄭篠萸の秘書を務め、共に鄭篠萸の片腕と言われていた。和平は2006年11月に、医療機器企業から80万元(約1200万円)を受け取った収賄と銃の不法所持で懲役15年の一審判決を受けた。曹文庄の方はいまだに裁判日程は何も決まっていないが、これは曹文庄が取り調べ中に鄭篠萸の汚職の全貌を暴露したこととも関係しているようだ。この結果として、鄭篠萸は2006年12月28日に「双規」の取り調べを受ける破目に陥った。

本当の罪は何だったのか

 では、鄭篠萸が犯した罪とは何であろう。これを知るには中国医薬品業界と監督局の関係を知る必要がある。1998年4月に創設された「国家薬品監督管理局」はそれまで中国国内で3部門(国家医薬管理局、衛生部薬政局、国家漢方医薬管理局)に分散していた医薬品に関する権限を統一する形で誕生した。このトップに就任した鄭篠萸は、一部の薬品を除き、それまで地方の医薬局に委ねられていた医薬品の「承認業務」を地方から引き上げさせ、当局で一括して担当するよう決めた。承認業務を取り上げた地方の医薬局には医薬品の基礎審査と製薬企業の監督管理を行わせるようにした。さらに、当局の権限をさらに強化するため、2004年7月1日からGMP認証制度を開始。GMP認証を取得していない製薬企業には薬品の製造を許可しないこと決めたのだ。

 このGMP認証を取得するためには、各企業とも大型の設備投資が必要で、鄭篠萸の目的も資金的余裕のない小規模企業を淘汰して、中国の製薬業界を強化する意味もあった。ところが、製薬企業を監督管理するはずの地方の医薬局はGMP認証を取得した製薬企業については監督管理の手を緩め、年に1度程度は工場に出向くものの、サンプルテストすら行わない状況だった。そのため、品質不良や偽造の医薬品が市場に流出し、薬害問題が多発するようになったのである。

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「中国バイアグラ『偉大な兄貴』の製薬会社
汚職役人の名前を商標として申請」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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澤田 秀雄 エイチ・アイ・エス会長兼社長、ハウステンボス社長