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政策の失敗が生んだ中国の孤児たち

48年たった今も肉親を捜し続けている

2007年8月31日(金)

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 物に憑かれたような怖い顔で母ちゃんが僕の左耳をつかんで耳朶(たぶ)に鋏を入れた。激痛と滴る血に驚いた僕は「疼死了、媽媽不要剪」(痛いよ、母ちゃん切らないで)と泣き叫ぶ。血だらけの左の耳朶は断ち切られてはいなかったが、意を決した母ちゃんは逡巡することなく、次に僕の右耳をつかんで一気に耳朶を切り落とした。

 これは今から47年前の1960年に上海で捨てられて孤児となった、当時2歳にも満たなかった劉正峡の脳裏に深く刻まれた記憶である。今なお実の親を捜し続けている劉正峡にとって、両耳の傷跡だけが親捜しの唯一の手がかりなのである。

 中国帰国者支援・交流センターの資料によると、2007年5月末時点で確認されている「中国残留日本人孤児」の総数は2808人であり、このうち身元が判明している人は1280人だという。1945年8月の第二次世界大戦の終結から1972年の日中国交正常化までの約27年間にわたる空白の時があったことを考えると、戦後62年を経た今日、累計とはいえ身元判明率が約45%というのはかなり高い数字のように思える。これは残留を余儀なくされた時点で孤児たちの多くが物心ついた年齢であったこと、実の親たちが将来身元を捜す手がかりとなる物品を孤児たちに残していたことなどが要因だったのではなかろうか。

毛沢東が主導した「大躍進政策」

 中国では1958年から1960年まで毛沢東が主導した「大躍進政策」が実施された。これは、強大な共産主義社会の建設を目指して中国共産党が第2次5カ年計画(1958~1962年)で打ち出した農業・工業の大増産政策であり、農村部に財産共有制の集団農場である「人民公社」を設立すると共に、人民大衆を総動員して農作物や鉄鋼の増産運動を展開したものであった。しかし、経済原則を無視して労働ノルマ達成を強要する増産運動がうまくいくはずはなく、生産力の急激な低下に天災が追い討ちをかけたことで、中国全土は未曾有の大飢饉に陥り、全国で2000万~4000万人の餓死者を出したと言われる悲惨な結末で「大躍進」は終結した。

 この時期、飢饉に苦しむ江蘇省・浙江省・安徽省一帯の農村では家族が生きるために「口減らし」を余儀なくされた。当時、これら農村地帯の人々は“都会である上海は飢餓から免れている”と考え、このままでは飢え死にする愛しい我が子を生かすためには、上海で子供を捨てるのが最善の策と固く信じていた。このため、上海では捨て子が頻発した。「一人っ子政策」とは無縁であった当時の中国ではほとんどの家庭に複数の子供がいたが、捨てられた子供たちの大部分は最年少の物心つかない生後数カ月から3~4歳の乳幼児であった。

 捨て子を決意した親たちは、“生きてさえいれば、いつか捨てた子供に会える日が来る”と信じて、捨てる子供の身体に成長しても消えない目印をつけることが多かった。上述した劉正峡の両耳の傷跡もその1つである。耳朶を切るとか身体に火傷の跡をつけるなどの方法は、本来安徽省・江蘇省一帯で家畜の豚・牛・羊が他家の家畜と混ざらないように印をつけたもので、飢餓に陥った「大躍進時代」には非常に多くの父母がこの方法に倣って捨てる子供の身体に傷跡を残したという。

 安徽省のある漢方医は捨て子を決意してから、生後5カ月の娘のオムツを外して、娘の太腿に長い縫い針を刺して自分の姓を彫った。泣き叫ぶ娘の声を耳にしつつ、唇を固く結んだ漢方医は娘の血の流れる太腿に何回も墨汁を塗りつけて刺青を完成させた。“いつの日か娘を捜し出す”、飢餓の中で漢方医が切羽詰まって考えついたのが幼い娘への刺青だった。

 

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「政策の失敗が生んだ中国の孤児たち」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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