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「スラムダンク」が中国にもたらしたもの

2007年10月3日(水)

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 1990年代、日本動漫(アニメ・漫画)「セーラームーン」が中国の少女たちを“変身”させていたちょうど同じころ、中国の少年たちは「スラムダンク」に夢中だった。

 90年代初頭、「週刊少年ジャンプ」誌上で連載がスタートした井上雄彦作のバスケットボール漫画「スラムダンク」は、日本国内で大ヒットし、アニメ化されるとさらに人気が加速。スーパースター、マイケル・ジョーダンを中心とする米国のNBA(National Basketball Association)人気とあいまって、一大バスケブームを巻き起こした。

 その余波は、なんと中国にも伝わっていたわけである。1996年、中国で「スラムダンク」がテレビ放映された辺りから、中国における日本アニメブームは全盛期を迎えるようになっていた。

 中国全土で史上空前のバスケット熱が巻き起こり、中学、高校、大学と、どのキャンパスでもバスケに夢中になる若者たちが激増した。男子生徒は昼休みの時間を利用してバスケに興じ、バスケット部は大盛況となる。女子生徒たちは熱いまなざしと声援で熱狂的にバスケ部員を応援し、中には女子バスケに参加する者も増えたくらいだ。

 80年代から90年代にかけて、アジア、ヨーロッパで人気を獲得したサッカー漫画「キャプテン翼」も中国でのサッカー熱を招いたが、「スラムダンク」の熱気には到底及ばない。

 「『スラムダンク』が放映される夕方の時間帯には、みんな必死で家に戻ってテレビの前に陣取りましたよ」

 取材した中国の大学生の男の子の1人はこう語ってくれた。

 「見そびれた場合は、昼間の再放送を狙うんです。中学校の近くのテレビが置いてある食堂に駆けつけたものです。食堂はいつも『スラムダンク』を見たい生徒たちで超満員。授業のあと、ダッシュで走っていかないと席がなくなっちゃう。店の主人も、生徒たちの熱気に押されて、立食しながらの視聴を許してくれました」

 女の子たちは「スラムダンク」の登場人物、ハンサムで無口でクールな天才プレーヤー、流川楓(るかわ・かえで)に憧れる者が多かったので、その雰囲気に近づこうと、男の子たちは頑張ったそうだ。流川のキャラクターである「酷(クー)」(クール)という言葉も流行っており、それに拍車を掛けた。当時、若者たちは「スラムダンク」のコミックを、「青春の教科書」と呼んだという。

中国にバスケブームを巻き起こした「スラムダンク」

 こうした「スラムダンク」人気は、中国の実際のバスケットボールの世界を変えていった。日本を遙かに上回るバスケブームが起きたのだ。

 日本でもよく知られているのが、バスケットボールの最高峰NBAに中国の選手が次々と加入したこと。2001年に王治ズー(ワン・ズーズー、注:日本の雑誌やウェブでの表記の多くはワン・ジージーだが、よりオリジナルの発音に近いのはこちらです)がダラス・マーベリックス入りしたのを皮切りに、2007年9月までに計4人の中国人選手がNBA入りを果たしている。なかでも2002年、ヒューストン・ロケッツ入りした226センチの超大型センター、姚明(ヤオミン)の活躍は、中華民族の誇りを大いに高めた。彼は今、NBAナンバーワンセンターの評価を勝ち取っているという。

 NBA入りするような選手たちを中国が輩出するようになった背景には、1995年にスタートしたCBA(Chinese Basketball Association)という、中国のプロバスケットボール・リーグの存在がある。王治ズーも姚明も、このCBAで90年代に頭角を現し、NBAへの切符を手にしたのだ。

 そのCBAで活躍している選手に、「江蘇南鋼」というチームの名手・孟達(もう・たつ)がいる。彼は2002年に開催されたCBAの試合で、満身創痍の江蘇隊を、ライバルの浙江隊との闘いにおいて、みごとに勝利に導いた青年として知られている。この試合により、彼は一躍名選手として名を馳せた。江蘇隊とは江蘇省を代表するチームのことで、浙江隊は浙江省のチームである。2つの省とも上海の近くにある地域区分だ。

 そして、その彼が、ここまで生き残り這い上がるのに、実は日本アニメ「スラムダンク」の力があったという報道が、2005年1月6日の「南京報業網(ネット)―金陵晩報(夕刊)」に載っているのを見つけた。

 私は、どうしても孟達を取材したいという気持ちに駆られた。

 そこで金陵晩報に電話し、この記事を書いた王文文という女性記者にお願いして、孟達の連絡先を教えてもらった。彼は江蘇省の南京に住んでいる。試合に影響しない日時を選んで電話取材を行うことに成功した。一部は金陵晩報の記事と重複することをお許しいただきたい。

【最終ページにアンケートのお知らせがございます。是非、ご覧ください。】

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「「スラムダンク」が中国にもたらしたもの」の著者

遠藤 誉

遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

筑波大学名誉教授

1941年、中国長春市生まれ、1953年帰国。理学博士。中国で国務院西部開発弁工室人材開発法規組人材開発顧問、日本では内閣府総合科学技術会議専門委員などを歴任。2児の母、孫2人。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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