9月下旬から10月上旬にかけて上海行きの予定を組んでいた。そこに編集部からひとつの指令が舞いこんできた。なんでも上海の南にある浙江省杭州市の郊外にパリを模倣したニュータウンがあるらしい。立ち寄ってほしい、と。
とうとうそこまできたか……。当連載で、ロンドン郊外のベッドタウンをそのまま移植したような富裕層向けニュータウンをご報告したばかり。それでも、テームズタウンの場合は架空の街だった。そのパリ版を堂々と名乗る街があるという。
公式サイトにあるのは、ド派手なイメージ写真ばかり
これは行かねばなるまい。いつものように、上海在住カメラマンの町川秀人さんに相談した。現地通の彼も知らないという。インターネットで検索し、公式サイトを探り当てたが、ド派手なイメージ写真が並ぶばかりで、住所と代表電話しか書いていない。とにかくこの目で見てみろ、という流れだろう。中国の地図サイトで大まかな当たりをつけ、地元のドライバーに車を飛ばしてもらった。
場所は、上海から170キロほど離れた田園地帯の中にあった。整備された高速道路を快適にドライブすること2時間。高速を降りて、杭州市郊外のベッドタウンに入った。そこは外資系ファストフードや中国系レストランチェーンの入ったショッピングセンターのある、ありふれた中国の地方都市だった。
ネットで出力した大ざっぱな地図を片手になおも車を走らせると、「おやっ」。思わずぼくは町川さんと顔を見合わせた。

エッフェル塔のある街はまだ建設中だった (写真:町川秀人 以下同)
エッフェル塔だった。……そこがパリの模倣タウンだとあらかじめ聞かされていたから、そう思ったまでのことだが。
高さ103メートル。実物の3分の1の大きさだというが、近くで見上げると、あきれてしまうほど巨大だった。その荒唐無稽な存在感には笑うほかなかった。いったい何のためにこんなものを……。鉄骨の足元の向こうには、確かにパリで見たのと同じ石造建築の街並みが広がっていた。まるで蜃気楼のようなシュールな風景だった。

シャンゼリゼ通りにワープ。笑うほかあるまい…
車を降りて、街を歩いた。最初に耳に届いたのは、塔の足元の広場を地ならししているブルドーザーの轟音と、民工たちが電動鋸でコンクリートを切る甲高い音である。
地方都市に波及したバブリーな不動産物件を見に行ったら、出合ったのは民工たちの姿だったというわけだ。「香樹大街(シャンゼリゼ通り)」と名づけられたエッフェル塔の建つ広場から一直線に伸びる石畳の通り。そこで彼らは建設労働にいそしんでいたのである。

ニュータウン建設に働く民工さんたちは、声をかけカメラを向けるとにこやかに微笑んだ
香樹大街を歩く。5階建ての高さにきちんと頭を揃えたパリのアパルトマンが並ぶ。1階は商店やカフェでも入れるのだろうか、2階以上より天井の高い、それらしい造りになっている。だが、その大半は空室だった(正確にいうと、本屋と食堂がそれぞれ1軒のみ)。まだ外観ができあがったばかりで、入居者はいない。たまに2階窓に洗濯物が干してあったりするが、それらは空室で寝泊まりしている民工たちのものだった。
ニュータウンの名は「広廈天都城」という。浙江省杭州市余杭区星橋開発区の中にある。杭州市の中心部からは18キロ。公式サイトによると、総敷地面積48万平方メートル。トップページに80億元(1280億円)の投資だったと誇らしげに書かれている。
2000年に計画がスタート。2002年に第1期工事に着工し、今年、香樹大街周辺の一画が完成した。将来は10万〜12万人の居住区になるという。開発したのは、民営企業としては中国第5位の浙江広廈グループ傘下にある浙江天都実業有限公司。浙江省最大規模のニュータウン開発のために設立された会社だ。
地方政府幹部も何度も視察
広廈天都城のキャッチコピーは「国際生活模範タウン」である。要は、市民への模範となるような国際的なライフスタイルを実現する町づくりを進めるということらしい。
公式サイトを見る限り、冗談でやっているわけではないことがわかる。浙江省の幹部クラスの役人も何度も現地視察に来ているようで(何の目的で来るのか怪しい気もするけれど)、彼らは大真面目に杭州の郊外にパリを移植しようとしたのである。この地に住んでいた農民への立ち退きも慎重かつ首尾よく行われた、と同社の発行する新聞には書いてある。

いかにもパリにありそうな石像や噴水なども置かれていた
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