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企業よ、ふるさとに帰れ

米中で地方経済が活性化した端緒は税金の自由化だった

  • 山崎 養世

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2007年12月13日(木)

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 十和田湖に行ったことがありますか。鉄道はありません。小坂インターチェンジで高速道路を降りて、山道に入ります。途中の小高い丘の上から見えるのは、一面の樹々の海が見渡す限りうねる姿です。

 やがて峠に着くと、切り立った山々に囲まれて輝く湖面が見えてきます。先日訪れた時は、最後の紅葉が周りの山と谷を染め、湖面に反射していました。

 湖に下りると、澄み切った水底の玉砂利が揺らぎ、たまに魚の影が走ります。静かです。湖畔の細い道を歩くと次々に出合うのは、ブナやカツラの巨木たちです。1本でまっすぐに立つもの、2本3本の太い幹が絡まるように立つもの、すべすべとした樹皮のもの、ワニのようにごつごつしたもの。森の霊気を胸いっぱいに吸い込んで、葉っぱのじゅうたんの上を歩けば、様々な樹の姿に出合えます。

 そして夜。周りに人明かりが全くない十和田ホテルの窓を開け放つと、満月が湖水に銀の帯を作って輝き、山々だけが深い闇に沈んでいます。

豪華な劇場、電気塔、外国人向けホテルの並ぶ鉱山町

 十和田湖の秋田県側が小坂町です。戦前の小坂町は、日本で一番所得水準の高い町の1つでした。大正時代の小坂町の人口は30000人、秋田県の市町村で第2位と言い伝えられており、秋田銀行小坂支店ができたのはちょうど100年前です。

 歌舞伎も上演できる和洋折衷様式の康楽館という劇場までできました。町を見下ろす丘の上には巨大な電気塔が立ち、夜の街を煌々と照らし、人々は遅くまで出歩くことができました。戦前に、幻の東京オリンピックに来る外国人のために作られたのが十和田ホテルでした。

 小坂町の富を生んだのは、明治初めに官営鉱山としてスタートし、ドイツ人の技師を招いて開発した小坂鉱山でした。金銀銅などを産出し、別子、足尾、尾去沢などをしのいで日本一の産出高を誇る鉱山でした。

 当初は露天掘りの銀の採掘が主でしたが資源が枯渇して一時産出量が低下しました。しかし、黒鉱と呼ばれる東北地方独特の複雑な構成の鉱石から様々な金属を取り出す技術を開発してから再び生産を増加させ、多くのヤマが開かれて隆盛を極めたのでした。

日本の近代産業を生んだルーツ

 小坂鉱山を開発した藤田伝三郎の藤田組は、DOWAホールディングスや藤田観光の母体です。そして、黒鉱の技術開発に成功して小坂鉱山を復活させた藤田の甥の久原房之助は、後に日立鉱山を興しました。さらにそこから日立製作所が生まれました。まさに、小坂は日本の近代産業のルーツの1つです。

 繁栄の一方で、小坂の精錬工場から出る煙は辺りの木々を枯らせました。また、他の大鉱山と同様に、戦争の時期には、労働力不足を補うために、強制的に連れてこられた朝鮮人が過酷な環境で働かされて多くの人が小坂の地で亡くなりました。

 そして戦後、小坂は、長い間忘れられました。鉱山の産出量が減るとともに、海外で安いコストの大規模鉱山が次々と開発され、小坂鉱山の競争力は失われ、ヤマは閉鎖されました。小坂町の人口は6500人程度にまで減っています。

 そんな中で、小坂町は奮闘してきました。かつての繁栄の象徴だった康楽館を大切にして日本最古の現役芝居小屋として存続させ、歌舞伎の中村勘三郎さんの襲名披露公演や松本幸四郎さんの公演を大入りで呼ぶほどになりました。

 目の前の花道で勘三郎さんが走り、こちらにも汗が飛んできました。本当に面白い芝居でした。一方、康楽館の隣にある、華麗な様式の旧小坂鉱山事務所は、博物館として整備され、往時の小坂の歴史と繁栄を追体験できます。

鉱山と環境技術研究で外国人研究者を呼ぶ

 過去を懐かしむだけではありません。枯れてしまった周りの山に植えた250万本のアカシアの花が咲く6月には、アカシア祭りを行って観光客を誘致します。今年は小坂のアカシアの香水や化粧品を資生堂が発表しました。

 アカシア並木は日本の道百選にも選ばれました。国際交流も行っています。小坂町には、アジア・アフリカを中心に世界から鉱山技術を学びに来る人たちの研修施設があり、町民と交流しながら毎年巣立っていきます。環境技術にも積極的です。木からメタノールを取り出すクリーンエネルギーの研究も小坂町で始まります。

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