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北京の公衆トイレ事情

強烈な下痢で「死ぬかと思った」が

2008年2月29日(金)

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 20年以上も前の古い話だが、1986年2月11日は筆者にとって忘れられない思い出の日である。尾籠な話で恐縮だが、その日、中国の北京で、筆者は今にも漏れそうな強烈な下痢の便意に襲われたのである。泣きたい気持ちで便所を探し、ようやくたどり着いた公衆便所で尻を出して腰を下ろし、さあこれで大丈夫と安心したのだが、落ち着いて回りを見回した途端、今にも漏れると冷や汗をかいていた便意が突然に消え失せたのである。こんな経験は後にも先にも58年間の人生において最初で最後の経験であった。

 1986年の中国正月“春節”は2月9日が元旦であったので、2月11日は日本流に言えば正月三が日の3日目であった。筆者は1985年5月に家族を日本に残して北京へ単身赴任したが、12月下旬に家族(妻と子供2人)が北京入りしたので、筆者も含めた家族全員にとって1986年の春節は中国で迎える最初の中国正月であった。と言っても、2月8日の大晦日の夜11時から12時まで北京市全域で打ち上げられる花火を見た後は、正月といっても何もすることがない。当時の駐在員はホテル住まいだったので、同じホテルに住んでいた先輩と我が家族の総勢5人で春節の“廟会”(=縁日の市)で有名な地壇公園へ行ってみようということになったのである。

 地下鉄に乗って安定門駅で下車し、そこから徒歩で地壇公園へ到着したが、その時点では筆者も元気だった。地壇公園に入って縁日の出店を見て回ろうとする頃、筆者の下腹が急にぐるぐる鳴り出した。これはおかしいと思う頃には、便意が体中を駆け巡り、冷や汗は出るし、便が漏れる感覚をこらえることに神経が集中し、思考能力は全く機能しなくなった。同行の先輩の中国語はおぼつかないし、ましてや北京へやって来たばかりの妻はほとんど中国語ができないに等しい。にもかかわらず、筆者は妻に「トイレがどこか聞いて」と哀願する始末。「“トイレはどこ”って何と言えばいいの」と問う妻に、「厠所(ツースオ)在那里(ツァイナーリ)」と肛門を必死で引き締めながら答える筆者。

 後で考えれば、妻には本当に申し訳なかったのだが、妻が回りの人に手当たり次第に尋ねた結果、ある人があっちと指差した方向に確かに公衆便所らしき建物が見えた。この時、筆者には妻が観音菩薩にも天使にも見えたのだが、それはさておき、筆者は走りたくても走れない状態で、尻の穴に衝撃を与えないように一歩一歩ゆっくりと、その建物に近づいて「公厠」(=公衆便所)という文字を確認し、やっとのことで公衆便所にたどり着いた。公衆便所にたどり着くまでの時間がどれほど長く感じられたことか、当時2月の北京は極寒で、昼間でも氷点下5度くらいの温度だったと思うが、筆者は冷や汗でびっしょり。

当時の公衆トイレは・・・

 北京オリンピックを8月に控えて、今では北京の公衆便所も相当に改善されつつあるが、当時の公衆便所というのは、建物の中に下水道のような溝が掘ってあり、その中を水が細く流れているだけで、大便も小便もこの溝に跨って排出するだけだった。当然ながら大便・小便の区別はないし、ましてや大便用の扉など一切ない。当時筆者はまだ公衆便所に入った経験はなかったのだが、公衆便所にたどり着いたということだけで天にも昇る思いで、用便中の人を真似て、溝をまたいでズボンを下ろし、腰を下ろした。これでようやく排出準備オーケイ、尻の穴の緊張もようやく解けた。気持ちが落ち着くと同時に、思考能力が急速に回復して回りを見回す余裕も出てきた。

 目の前の人はこちらに尻を向けて排便しているし、向こう側のおじさんはタバコをくゆらせながら新聞を読みつつ排便の最中。こうして観察していると、ウンチングスタイルで座っている筆者の目の前に、突然に中年のオヤジが立ったかと思うと、溝をまたがずに横から溝に向かって小便を始めた。当然ながら筆者にはオヤジの道具が丸見えだし、勢いのよいオヤジの小便が溝の底に当たって跳ね返った水滴が筆者の方に飛んでくる。

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「北京の公衆トイレ事情」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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