「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」

トラ、カモシカ、ハト、続発する写真の捏造事件

疑惑を暴くネット仲間たちに中国社会の新たな潮流を見る

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2008年3月28日(金)

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 「野生の“華南トラ”が生存」 2007年10月12日、陝西省林業庁が発表したこのニュースは、中国国内で注目を集めるとともに大きな反響を呼んだ。“華南トラ”、別名“厦門(アモイ)トラ”は中国固有のトラで、中国中南部に生息し、体長1.6〜2.9メートル、体重180〜200キログラム。1950年代初頭には4000頭以上いたとされるが、長年にわたって害獣として捕殺され、1981年には150〜200頭にまで減少したのだが、何故か中国の国家1級保護動物リストに加えられたのは1989年であった。しかし、その後30年間に野生の華南トラは一部の目撃談を除いてその生存は確認されておらず、ほぼ絶滅したのではないかと考えられていたのである。

死の恐怖と闘いながらトラを撮影

 陝西省林業庁が野生の華南トラ生存を発表した根拠は、陝西省安康市鎮坪県文采村の周正龍という52歳の農民が、10月3日早朝に鎮坪県の山上で撮影した写真であった。周正龍はかつて腕の良い猟師として知られ、2006年には陝西省華南トラ調査隊のガイドをしていたこともあり、華南トラを求めて頻繁に山に分け入っていたという。その写真は、山上で華南トラに遭遇した周正龍が、携えていた親戚に借りたカメラ2台(デジタルカメラ1台とフイルムカメラ1台)で、死の恐怖と闘いながら約10メートルの距離から撮影したもので、その合計は71枚(デジタル写真40枚、ネガフィルム31枚)に及んでいた。

周正龍が撮影した華南トラの写真

周正龍が撮影した華南トラの写真

 陝西省では1964年以来野生の華南トラの生存は確認されておらず、周正龍から目撃報告と写真の提供を受けた陝西省林業庁は、速やかに専門家グループを組織して写真の鑑定作業を行ったが、鑑定結果は、野生の華南トラに間違いなしであった。これを受けた林業庁は10月12日に写真を提示して誇らしげに記者会見を行ったのであった。素人の周正龍が怯えながら撮った写真の多くはぼやけていたが、林業庁ははっきり見えるデジタル写真を公表したもので、その写真には草むらに伏せた華南トラの頭部と上半身が鮮明に写っていた。

トラ撮影の英雄

 記者会見の席上で、林業庁は周正龍に対して2万元(約30万円)を贈って華南トラの生存を実証した功績を称え、これを契機に野生の華南トラの保護規則を制定し、華南トラ保護区を設置すると表明した。このニュースを報じた中国のメディアは、「水滸伝」の登場人物である武松を指す“打虎英雄”(=トラ退治の英雄)になぞらえて周正龍を“拍虎英雄”(=トラを撮影した英雄)と呼んで称え、周正龍は一躍時の人に祭り上げられたのだった。

 ところが、公開された写真に対して、インターネットの掲示板に「どの写真を見ても葉や樹木、明るさが変わってもトラは無表情で何も変化がないのはおかしい」との意見が書き込まれたのを皮切りに写真の真偽を疑う見解が多数示された。10月19日には中国科学院植物研究所の傅徳志研究員がネット上で、植物学者の立場からトラの頭部に懸かる葉の形状が大き過ぎると疑問を提示したのである。傅徳志は、もしトラが本物ならば、葉はトラの顔よりも大きくなければならないが、鎮坪県一帯にはそれほど大きな葉を持つ植物は存在しないとして、写真は捏造されたものと決めつけ、周正龍に真相を白状するよう勧告した。

捏造写真?いや本物だ! どっち?

 こうした批判的な世論を受けた周正龍と陝西省林業庁は、10月22日に北京の国家林業局に対して事態報告を行い、国家林業局はこれに応じて10月24日付で現地への調査団派遣を決定、さらに25日には権威筋による写真鑑定を実施することを発表した。11月7日には若手の法律学者である郝勁松が周正龍に対して、「華南トラの写真を捏造してメディアを通じて社会を騙したことにつき、文書による謝罪と精神的慰謝料として1元(約15円)を賠償すること」を求めて陝西省定襄県人民裁判所に提訴したのである。その後、インターネットの掲示板では、周正龍を批判して写真は捏造だとする“打虎派”と周正龍を擁護して写真は本物だとする“挺虎派”に分かれて激烈な論争が続けられた。

発見されたトラの年画

発見されたトラの年画

年画と拡大写真の比較

年画の拡大写真との比較

 ところが、11月16日に事態は急展開することとなったのである。その前日の15日に四川省のネット仲間“攀枝花xydz”が、自宅の壁に掛けられていた「年画」(註:中国で旧正月に張る吉祥やめでたい気分を表す絵)の中に周正龍の写真と全く同じトラの絵があることに気づいたのである。この事実は16日に掲示板に書き込まれて知れ渡ることとなったが、それから数時間後にはその「トラ年画」の製作業者が突き止められ、年画はトラの写真をスキャンして作成したものであることが判明した。その後は、多くのネット仲間が参加する形で写真と年画の比較対象が討議され、写真は年画を基に捏造したものであると結論づけられた。

 こうして事件は周正龍による華南トラ写真の捏造という結論が出た形となり、年を越した2008年2月4日に陝西省林業庁が「実地調査も行わず、証拠不十分のまま、軽率に華南トラ発見という重大情報を発表したことは遺憾であった」として謝罪文を公表し、事件は幕を閉じた。周正龍が報奨金を目的に捏造を行ったのかどうかは定かではないが、2007年10月25日付の「MSN産経」によれば、華南トラ発見のニュースが流れるや地元の鎮坪県では「鎮坪華南トラ」の商標登録の手続きを開始し、「華南トラ自然保護区」設立のための申請準備に入ったとあり、保護区設置が認められた暁には同県のGDP(国内総生産)の4分の1に相当する2000万元(約3億円)の資金が投入されると報じられていたとあることから、今回の捏造事件は周正龍だけの一人芝居であったとは思えない節がある。

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著者プロフィール

北村 豊(きたむら ゆたか)

北村 豊

住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト
1949年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。住友商事入社後、アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、2004年より現職。中央大学政策文化総合研究所客員研究員。中国環境保護産業協会員、中国消防協会員



このコラムについて

世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」

日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。

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