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吹雪の中で44人を救助した国民的英雄

拝金主義が蔓延する中国で報じられた無償の奉仕の真相

2008年4月11日(金)

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 2008年1月中旬から1カ月間にわたって中国中南部を襲った雨雪と異常低温は、各地に深刻な被害をもたらした。1月25日、湖南省の各地は吹雪と異常低温で路面が凍結し、各種車両の正常運行は不能な状態となった。当日の午前中は公共バスの運行も停止されたことから、多くの人々が徒歩で出勤することを余儀なくされた。これは湖南省にとって50年ぶりの異常気象の襲来であった。

高速道路「京珠高速道路」で自動車事故が発生

 湖南省の省都、長沙市から130キロメートルほど南下した所に衡陽市衡東県大浦鎮農庄村がある。その農庄村の傍を走る北京市と広東省の珠海市を結ぶ高速道路「京珠高速道路」で、1月25日の早朝5時過ぎに、路面凍結による自動車事故が発生した。広東省の普寧市から湖北省の松滋市へ向かう大型バスが凍結した路面でスリップして、ものすごい音を立てて道路脇の深い溝に頭から突っ込んで脱輪したのである。バスの乗客は運転手を入れて44人、この衝撃で運転手は足の骨を折ったし、乗客には2歳にも満たない幼児を抱えた母親も含まれていた。高速道路は村落を避けるように走っているし、降りしきる雪に視界が遮られて周囲に人家があるかも定かでない。さらに、高速道路は路面凍結で走行停止となったために走行する車の影もない。

 バスが溝に突っ込んだ衝撃音は辺りに鳴り響いた。高速道路から50メートルほど離れた所に住む農民の劉吉桂はこの異常な音を自宅で耳にした。「事故だ」とばかり、劉吉桂は2人の兄弟とともに急いで服を着て家を飛び出した。激しく降りしきる雪の中を高速道路に近づくと、防護柵の向こうに蠢く一団の人影があり、その中に幼児を抱いた女性が「子供を助けて」と泣き叫んでいるのが見えた。これを見た劉吉桂たち3人はあたふたと自宅に駆け戻って鍬(くわ)を取ると現場へ引き返した。鍬で防護柵を打ち壊して高速道路に入り、女性から幼子を受け取ると、劉吉桂は乗客たちに向かって「むさくるしい所だが嫌じゃなければ、俺の家に来てくれ」と呼び掛けた。

 こうして足を骨折した運転手を含む44人は劉吉桂の家に収容され、劉吉桂は高速道路の走行停止が解除されるまでの4日間を彼らに食事と宿を提供したのであった。悪天候も収まり44人がそれぞれ家路に就いた後、この事実は広く知れ渡ることとなり、中国共産党中央の機関紙「人民日報」や地元の「湖南テレビ」など多数のメディアが、“一家5人の貧しい農民である劉吉桂は間もなく迎える春節のために貯えた1000元(約1万5000円)を使い果たして44人を無償でもてなしたが、劉吉桂は不平一つ言うこともなかった”と、劉吉桂の無償の善行を報じ、「何事も金次第の時世に稀な行為」として劉吉桂を“英雄”としてもてはやしたのだった。

 劉吉桂は“災害と闘って救助を行った模範的人物”として何回もテレビに出演した。中国の小正月(旧暦の1月15日)である“元宵節”当日の2月21日に「湖南衛星テレビ」が放送した「元宵節の夕べ」では、劉吉桂と救助された44人の対面が企画され、救助された人たちがわざわざ湖北省から足を運んで劉吉桂と再会して、その受けた恩に感謝を表明し、テレビの視聴者は感動を新たにしたのだった。こうして劉吉桂は無償の善行を施した人物として、中国全土にその名を知られることとなったのである。

国営テレビ局である「中央テレビ」が単独インタビュー

 この劉吉桂人気に目をつけたのが、国営テレビ局である「中央テレビ」の“単独インタビュー番組”「対話」であった。この番組は司会者との対談を通じて、“時の人”の業績や体験などを紹介するもので、放送開始から8年を経た人気番組である。2008年3月30日、「対話」は湖南省の農民である劉吉桂をゲストに招いた。劉吉桂は見るからに純朴で人なつこそうな人物であった。司会者の陳偉鴻は劉吉桂を「去る1月25日の吹雪の中で高速道路上の自動車事故で孤立していた44人の人命を救ったのみならず、彼らを自宅に収容して4日間もの長きにわたって無償で食事と宿を提供した善意の人」として紹介した。

 その上で司会者の陳偉鴻はこう続けた。「実は私たちは44人の中から20数人に電話を掛けて、今日この番組に出演して劉吉桂さんと再会していただくようにお願いしました。劉さん、何人くらい来てくれると思いますか」。これに対して劉吉桂は、「皆が来てくれるといいのだが」と応じた。陳偉鴻は少し間合いを取った後に、「実は1人も来ないのです」と述べた。劉吉桂の顔に寂しげな陰が差したのを見て取った陳偉鴻が、「劉さん、気にしませんか」と尋ねると、劉吉桂は「気にしないさ。あの人たちは仕事が忙しい。俺は分かっている。時間があったらまた連絡してくれればいいさ」と答えた。

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「吹雪の中で44人を救助した国民的英雄」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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