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バスラ攻撃の戦略的背景と米・イラン関係

2008年4月16日(水)

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 「イラクの治安は改善している」「我々の勝利は近づいている」と宣伝するブッシュ大統領を嘲笑うかのような治安の悪化が、イラク南部を中心に続いている。3月25日、イラクのマリキ首相が、南部の主要都市バスラを「平定する」目的で兵を送り、同政権と対立するシーア派の指導者ムクタダ・サドル師率いる民兵組織マフディ軍と衝突。軍事的な衝突は南部の他の都市や首都バグダッドの一部にも拡大、イラクの治安情勢が依然として非常に脆弱であり不安定であることを改めて世界に知らしめた。

 イラクのマリキ首相は、イラクで唯一の海への玄関口であり、南部石油地帯の戦略的に重要な拠点都市であるバスラを中央政府のコントロール下に置くため、自らバスラへ赴き、3月24日に大規模な軍事作戦の開始を宣言。政府のスポークスマンは、「われわれは石油を密輸し、治安を脅かすあらゆる勢力と戦う。バスラおよびイラクの治安を脅かしているこの受け入れ難い状況を終わらせるため、われわれは包括的な(治安回復)計画を実施する」と発表し、翌25日の朝5時に約1万5000人の部隊がバスラ攻撃を開始した。イラク政府は当初「この作戦は3日間で終結する」と発表していた。

石油の支配をめぐる闘争

 なぜマリキ政権はバスラを攻撃したのか? イラク政府によるバスラ攻撃が近づいていることは、既に3月の中旬頃から西側のメディアでも広く伝えられていた。例えば3月13日付の「ニューヨーク・タイムズ」は、「政府は近々軍をバスラに派兵し、老朽化しているものの極めて重要な港を、政治勢力の紐のついた民兵から奪還しコントロール下に収めるつもりである」と報じ、その背景としてイラク経済の発展に不可欠なバスラ港の整備を進めるためにも、中央政府がバスラの支配権を確立しようとしていると論じていた。実際、バスラ港近代化のための投資を促進するための会議に出席したBarham Salih副首相は、「バスラにはこうした民兵を排除するための強力な軍隊のプレゼンスが不可欠だ」と述べて、投資促進の前提としての治安回復作戦の必要性を訴えていた。

 また、イラク南部で跋扈する石油の密輸業者やそれに結びつく政治勢力および民兵組織を取り締まるのもこの軍事作戦の狙いだったと言われている。「クリスチャン・サイエンス・モニター」(4月9日)によれば、マリキ政権はバスラ攻撃を開始するに当たって、200余りの石油密輸業者のリストを作成し、彼らを一網打尽にする計画を立てていたという。シャハリスタニ石油相が同誌に語ったところによれば、主要な密輸業者の中にはバスラ県の知事の兄弟やサドル派の民兵マフディ軍と関係の深い人物も含まれていたという。

 その予算を石油収入に大きく依存している政府としては、石油密輸は看過できる問題ではなく、正確な統計は存在しないが、密輸による損害は年間で50億ドル以上にも上ると見積もられている。シャハリスタニ石油相によれば、これまで油田や石油施設の警備は石油警備隊(OPF)という石油省に所属する治安組織が担当しており、バスラのOPFはMuhammad Mosabeh al-Waeli知事の所属するシーア派の政党Fadhila 党の強い影響下に置かれていた。

密輸業者と協力

 ところが、同知事の兄弟がバスラで最大の石油密輸業者であり、本来は密輸や強盗などから石油を守るはずのOPFが、密輸業者と組んで密輸に協力していたのだという。ちなみにFadhila党はシーア派の指導者ムクタダ・サドル師率いるサドル派から分派した政党で、最近までサドル派とFadhila党の民兵は武力抗争を繰り返していたが、昨年秋頃に「手打ち」をしたと伝えられている(’Iraq’s Civil War, Sadrists and the Surge’ , 7 February 2008, International Crisis Group)。

 だが、今年に入ってマリキ政権は石油警備隊(OPF)を廃止し、石油施設の警備責任を石油省から内務省に移し、新たに石油警察(Oil Police)を創設した。内務省はマリキ政権を支える与党最大派閥のイラク・イスラム最高評議会(ISCI)の影響下に置かれており、新たに創設された石油警察は、ISCIの民兵バドル軍がコントロールする形となった。もちろんサドル派やFadhila党がやすやすとこの利権を手放すはずはなく、この石油施設警備権限の移行が現場レベルでスムーズにいったとは考えにくい。マリキ政権が攻撃の対象とした「石油を密輸し、治安を脅かすあらゆる勢力」とは、サドル派=Fadhila=OPFを意味していたと見て間違いないだろう。

激化するシーア派内部の権力闘争

 また、ミシガン大学のホワン・コール教授は、イラク南部の経済利権の支配をめぐるシーア派内部の抗争は、秋に予定されている地方選挙を前にエスカレートしていた点も指摘している。イラク・イスラム最高評議会(ISCI)とサドル派はこれまでも激しい派閥抗争を繰り広げてきたが、この対立は今年に入ってからさらにエスカレートしていた。前回の選挙はサドル派がボイコットしたためにISCIが圧勝したが、草の根の人気という点ではサドル派が勝っているため、次回の選挙ではサドル派がISCIを圧倒し、シーア派の政治地図を塗り替える可能性があり、ISCIはそれを恐れて今のうちにできる限りサドル派を弱体化させようと狙っている、とコール教授は見ている。

 もともとISCIの前身であるイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)はイラン・イラク戦争時の1982年にイラン情報機関の全面的な支援の下で設立された組織であり、その軍事部門であるバドル軍は、イランが捕虜にしたイラク兵士の中からシーア派の人間をリクルートして組織され、イラン革命防衛隊の訓練の下で育成されたという経緯がある。その後1990年代の初め頃から、米国がイラクの反体制派への支援を強化する中でSCIRIもその支援を受けるようになり、2002年8月にブッシュ政権がイラク戦争の準備を進める中で幅広くイラク反体制派を集めるようになると、SCIRIもその反体制派勢力の一翼を担うようになった。そして、フセイン政権崩壊後は、米国の占領下で米軍の保護の下米国が進める政治プロセスの中で主流の道を歩み、現在のマリキ政権を支える重要な政治勢力となっている。

 このようにSCIRI/ISCIが米国との関係を強める一方で、イランはSCIRI/ISCIのライバルに当たるサドル派(マフディ軍)との関係を強め、両者の権力争いは激化し、特にイラク南部を中心にシーア派内部の抗争はエスカレートしていった。もちろんSCIRI/ISCIはイランとの関係も維持しており、例えば2006年12月に米軍がイラクで拘束したイラン革命防衛隊のメンバー2人は、ISCIの有力指導者でバドル軍の司令官だったHadi al-Ameriの自宅に滞在していた。いずれにしても米軍はISCIとの関係を強め、イランはISCIとサドル派の両方と強いパイプを持ちつつサドル派への支援を強化、一方でISCIは米軍の虎の威を借りてサドル派に対する攻勢を強める、という複雑な構図が存在した。

 2007年8月にサドル師が停戦を宣言して以来、米軍とバドル軍を中心とするイラク政府の治安組織は、マフディ軍の反応を試す意味も含めて、マフディ軍に「ちょっかいを出し」、彼らのメンバーたちを拘束し続け、停戦宣言以降だけで約2000人近くのマフディ軍所属メンバーが政府に拘束され、マフディ軍のメンバーたちの間ではバドル軍に対する敵意の念が蓄積されていったという(’Iraq’s Civil War, Sadrists and the Surge’)。

イランの影響力を弱体化させたかった米軍

 さらに米軍は今回のイラク軍との共同軍事作戦により、増大しているイランの影響力を低下させたいという強い意向も持っていた。イラク駐留米軍のペトレイアス司令官のトップアドバイザーの1人で退役陸軍大将のジャック・キーンが、今回の軍事作戦が開始される直前に米保守系雑誌「Insight」(3月25-31)とのインタビューに答えて、次のように語っている。

 「イランはバスラにレバノンのヒズボラをモデルにした部隊を2個大隊組織した。この組織は暴力を引き起こしてイラク南部の地方政府を不安定化させ、テヘランの強硬なイスラム主義者たちの影響力を広めようと狙っている」

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「バスラ攻撃の戦略的背景と米・イラン関係」の著者

菅原 出

菅原 出(すがわら・いずる)

ジャーナリスト/国際政治アナリスト

アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。在蘭日系企業勤務、ジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英国危機管理会社役員などを経て、現在、国際政治アナリスト

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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