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上海のサイゼリヤに見る、ファミレスが「ハレ」の場だったあの日

  • 中村 正人

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2008年8月5日(火)

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 前回、上海で日本の外食企業として最大、20店舗の直営チェーン店を展開中のサイゼリヤを訪ね、現地法人上海代表の田井野俊樹さん(46)に話を聞いた。

 一般に中国ビジネスの現場では、日本のビジネスモデルをそのまま持ち込んでも市場の成熟度が異なるため通用しない。だから、「現地化」する必要があると言われる。ところが、彼はこうした通念に反して、「日本と同じことができたからうまくいった」と言う。今回はその真意を詳しく聞くことにしたい。

―― メニューや人材育成の考え方など、日本と同じで特別なことは何もない。でも、最初からこうしたことは想定済みだったのですか。出店当時の話をお聞かせ願えますか。

「もちろん最初からそんなことわかっていたわけではありません。私がこちらに来た2003年はSARSの年でした。上海出張から戻ると、お前大丈夫か?と言われ、実際に2週間出勤できないこともあった。ようやく1号店オープンに漕ぎつけたのは03年12月ですが、当初客はほとんど来ませんでした」

 2003年、サイゼリヤは中国進出の出鼻を大きく挫かれていたのだった。田井野さんは、02年末から約1年かけて上海の外食市場の調査を行った。「競合相手は当時すでに上海に洋食レストランを40店舗以上展開していた世界最大の米系ピザチェーン「ピザハット」を想定。それより3割安い価格帯で参入することにした。日本の外食産業では一般に消費者が安いと感じるのは、通常流通している価格帯の3割引だといわれているからだ。1号店の立地は若者でにぎわう徐家匯(シージャーフイ)地区に決めた。日本のサイゼリヤの客層のメインも若者だから、勝算はあるはずだった。

 ところが、本人も語るように1号店は惨敗だった。260席という日本に比べると2倍近い大型店舗には、1日の来客数が200人に満たない日が続いた。固定費どころか売上が家賃にも満たないありさまだったという。翌04年3月に出店した2号店も同様の苦境に陥った。

 そこでサイゼリヤは大きな博打に出る。1号店のオープンから約半年後、スパゲティやピザといった主力商品を半額にするというディスカウント攻勢に命運を賭けたのだった。

一気に半額、客数は9倍に

―― これには相当の覚悟が必要だったのでしょうね。

 すると田井野さんはそっけない口調でこう言った。

「すべて社長の一存ですよ。社長はいつも言っています。ビジネスは社会貢献だと。我々が上海に進出したのは、中国の庶民が気軽にイタリアンを食べられるようにすることだから、現状で値段が高いのなら、売れる値段に下げればいい」

 その結果、既存の2店舗の客数は急増した。一時は撤退を考えるほど深刻な事態が好転し始めた。みるみるうちに1日の平均客数が1800人になった。こうして3店舗目から黒字化を達成。これが社長の英断、「半額値下げ」の顛末である。

 前編でも述べたが、要は、現地のお客さんのニーズに、しごくまっとうに向き合ったということだ。しかし、1割2割安くするなら度胸さえあればできるかもしれないが、一気に半額となると、もっと別の理由があると考えたくもなる。実際、後述するように原価率が上がり、現状では負担となっている。

 中国ビジネスでは意思決定の早さがモノをいうから、創業者社長のトップダウンが有利に出たケースと思われる。サイゼリヤが独資会社だったことも大きい。もしローカル企業との合弁だったら、経営の自由度には制限があり、今回のような半ば無謀な決断を行うことは難しかったはずである。

 上海で外資系が独資の外食企業を設立する場合、高額な最低資本金の条件があり、衛生局などの許可を得る際もさまざまな営業上の制限が加えられる。サイゼリヤが独資としていち早く認可されたのは、「中国の人たちにイタリアンを安く食べていただきたい」という設立主旨を徹底して訴え続けたからと聞く。

 何かにつけて海外からダメ出しされるせいか、反発心を内に抱え込んでいるのが最近の中国人だから、「中国の人たちのために」という殺し文句が効いたのかもしれない。しかし、それは口先だけのものではなかった。サイゼリヤにはもとより、消費者に安価で豊かな商品を提案するという「チェーンストア」本来の経営理念があったのである。

 マーケティングより理念を優先する、という考え方はどこか優等生すぎて違和感を覚えないでもないが、サイゼリヤは創業以来そういう会社なのだ。同社の創業当時、代表取締役の正垣泰彦氏は国内1号店のスパゲティを半額にしたことでチェーン展開に弾みをつけたというエピソードがある。田井野さんが上海で「日本と同じことができたからうまくいった」と語るのも、その話をふまえたものだろう。

 愛媛県松山市出身の田井野さんがサイゼリヤに入社したのは1983 年。入社後すぐに店舗の現場を経験し、20代後半には東京の新大久保店で店長をした。「客の大半が当時から中国人や韓国人だった」という。30代になると現場を離れ、スーパーバイザーとして本部と現場をつなぐ幹部になり、地区部長を務めた。上海に渡ったのは41歳のときだ。

 いまだから言えるけど、と照れ笑いしながら上海出店当時の話を教えてくれた。

「客が少なかった頃、助けてくれたのは在住日本人の人たちでした。中国人の部下を連れて店にいらっしゃる。日系レストランだから高いと身構えていた中国の人たちも、実際に使ってみれば自分でも利用できる価格帯だとわかる。今度は自分の部下を連れてこようと相乗効果が生まれる。ありがたかったですね」

満面の笑顔だが、同じ若者が反日デモに繰り出すのもいまの中国だ

満面の笑顔だが、同じ若者が反日デモに繰り出すのもいまの中国だ

 忘れられないのは、3号店をオープンしたばかりの05年4月、反日デモのことだ。店舗は標的となった日本総領事館のすぐそばにあったから、デモの後、五星紅旗を掲げて入店してくる若者の姿も多く見られた。

「そのとき、誰かが叫んだのです。『ここは日本のレストランだぞ!』と。私も一瞬ひやりとしましたが、その声はすぐにかき消された。皆さん食べるのに忙しかったのでしょう。騒ぎは起こらなかった。その頃から客層の大半は中国人になっていました」

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