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北京五輪で指定された中国「4つの悪習」

【1】所構わず痰を吐き【2】順番を守らない【3】気ままな喫煙・・・ そして?

2008年8月8日(金)

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 北京で開催される第29回夏季オリンピック競技大会、通称「北京オリンピック」がいよいよ今夜、2008年8月8日の午後8時に開幕し、オリンピック史上最大の世界205カ国・地域の代表が参加して、24日夜の閉会式まで熱い闘いを繰り広げる。

 北京オリンピックは1964年の東京、1988年のソウルに続く、アジアにおける3回目のオリンピックであるが、中国にとっては「百年の夢の実現」(=“百年夢圓”)であると同時に、中国が国威を発揚し、世界に冠たる「真の大国」として飛躍するための跳躍台として位置づけられている。

 ちょうど100年前の1908年に第4回夏季オリンピックが英国のロンドンで開催された。当該オリンピックの開催地は本来ならイタリアのローマであったが、1906年にイタリアのヴェスヴィオ火山が噴火し、その被害がローマにも及んだことから、急遽ロンドンが開催地となったものだった。

オリンピックの3質問

 当時の中国は清朝の末期で、清国政府は国力が衰えて弱体化していた。ロンドンオリンピックが終了した後、その清国政府に対して天津の“南開中学堂”(後の南開大学)がオリンピックに関して次のような3つの質問を提起したという:

[1] 中国はいつになったらオリンピックに代表選手を派遣することができるのか?
[2] 中国はいつになったらオリンピックに代表団を派遣することができるのか?
[3] 中国はいつになったらオリンピックを開催することができるのか?

 これは後に「オリンピックの3質問」(=“奥運三問”)と呼ばれるもので、簡単に実現できそうに思えたが、実際には3つの課題の実現には100年を要したのである。

 すなわち、1932年の第10回ロサンゼルス大会に陸上短距離の劉長春が最初の中国代表として参加、1952年の第15回ヘルシンキ大会に40人からなる中国代表団が初参加、そして、2008年に北京オリンピックの開催に至るのだ。

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「北京五輪で指定された中国「4つの悪習」」の著者

北村 豊

北村 豊(きたむら・ゆたか)

中国鑑測家

住友商事入社後アブダビ、ドバイ、北京、広州の駐在を経て、住友商事総合研究所で中国専任シニアアナリストとして活躍。2012年に住友商事を退職後、2013年からフリーランサーの中国研究者として中国鑑測家を名乗る。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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