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第14回 私が会った<A女>たち(3)
民主主義の根幹を拒否した改革開放が“悲劇”を呼ぶ

2008年8月22日(金)

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 透き通るような白い肌に大きな瞳。長いまつげが、化粧っ気のないまぶたに黒く光っている。栗毛色の髪の毛を三つ網にしている劉玲(りゅう・れい)は、とても30を過ぎているとは見えない。

 北京のエリート大学の学部を卒業した後、修士課程に進学し、出版社に就職した。編集の仕事をしている。

 彼女が付き合っていた張健は三歳年上の、大学の先輩だった。付き合っていたというより、形式上の「夫」であったと言った方が正確だ。

 実は劉玲と張健は籍を入れていた。結婚証を持っていたのだ。つまり、結婚登記(結婚届け)だけを行なって、まだ結婚式を挙げてないということを理由に、一緒に住んではいなかったという、なんとも奇妙な関係にあったのである。

 そして、悲劇はその間に起きてしまった。

 張健も大学院修士課程まで進学し、その後国家行政機関に公務員として就職。劉玲が出版社に就職した時は、すでに就職3年目だった。張健28歳、劉玲25歳。結婚する時期と相手との年齢差などを考慮すると、理想的な条件であったということができる。それまでに既に4年間の付き合いがある。十分に愛情を確かめ合ってきたし、信頼関係も築き上げてきたと、劉玲は思っていた。

 中国の若者たちは結婚登記に関しては気軽に行うが、結婚式や披露宴はかなり経費がかさむので慎重に催すという傾向にある。それも手伝い、また長年の約束でもあったので、結婚登記に関しては張健も同意して、“一応”、スムーズに進んだ。

 “一応”と書いたのには、理由がある。

 結婚登記をするために婚姻登記機関に行ったその日、本来なら最も喜ばしく幸せに満ち、人生最高の日であるはずなのに、張健の表情はすぐれなかった。少しも嬉しそうでなく、そもそも劉玲の顔を見ようとさえしない。

 何かを直感した劉玲は、「どうしたの?」と聞きたかったし、また「まさか、結婚したくないわけじゃないよね?!」と問い質したかったが、登記前にそれを口に出してしまうと、万一にも躊躇するような答えが戻ってきた場合、この結婚は成立しなくなってしまう。だから聞きたいのをグッと抑えて、ともかく結婚証を手にしたのだった。

 これさえあれば、こちらのもの。

 私は安定した結婚生活が欲しいし、ともかく25歳までには何としても結婚に漕ぎつけたかった。だから結婚証を確保することが先決だ。

 劉玲はそう思って、結婚証の入ったハンドバッグを抱え、張健の手をそっと握った。すると張健は、その手をそっと引っ込めるではないか。

「結婚証」があれば。しかし…

「どうしたのよ! 具合でも悪いの?」

 もう結婚証はバッグの中にある。劉玲は遠慮しなかった。それに体の具合が悪いのであれば許せるので、体の具合のせいにしようとして質問したのだが、張健は「いや、なんでもない」と否定する。

 二人で購入したマンションの方に帰ろうとすると、張健はとんでもないことを言った。

「一緒に住むのは、結婚式を挙げてからにしようよ。まだ公けにしてないわけだから」
「そんな!」

 あんまりだと思ったが、今ここで、これ以上責めるのは、やはり得策ではないと思って、込み上げる不満を抑えた。たしかに結婚証は法的保障を与えてくれるが、しかし結婚式を挙げてこそ、友達や親戚等、「社会」との約束事を宣言する第一歩を踏み出すことができるという、奇妙な納得が劉玲の心の中にもないではない。

 それに、ここで徹底して事態を明らかにしようとすれば、もしかしたら、バッグの中に入れたばかりの結婚証を、すぐさま引きちぎってしまうようなことになるかもしれない。それでは、待ちに待って手に入れた結婚証が、あまりに切ないではないか……。

 それからしばらく、張健からは電話がかかってこなかった。こちらから掛けても電源が入っていない。ようやく結婚まで漕ぎ着けたというのに、なんということだ。

 早く結婚式を挙げて周りに披露しないと、彼は新居に一緒に住もうとさえしない。それは一理あるとしても、こんな生活はごめんだ。その結婚式に関する日取りやら会場やらの相談をしようと、劉玲は思い切って、彼の一人住まいの家に押しかけた。

 劉玲は北京の人間で両親とともに北京に住んでいるが、張健は河北省の出身で、北京の大学に合格して北京の戸籍を取得し、そのまま北京にある行政機関で働き始めたので、戸籍はそのまま北京に置かれている。しかし両親は河北省にいるため、彼は北京で一人住まいをしている。

 昼間、どんなに電話しても携帯の電源が切ってあるし、職場には電話をするなと言われているので、こうして夜遅く押しかける以外になかった。結婚登記を済ませた以上、彼は戸籍上の「夫」だ。劉玲には、押しかけてもいい、堂々たる資格がある。

 しかし、悲劇は起きた。

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「第14回 私が会った<A女>たち(3)
民主主義の根幹を拒否した改革開放が“悲劇”を呼ぶ」の著者

遠藤 誉

遠藤 誉(えんどう・ほまれ)

筑波大学名誉教授

1941年、中国長春市生まれ、1953年帰国。理学博士。中国で国務院西部開発弁工室人材開発法規組人材開発顧問、日本では内閣府総合科学技術会議専門委員などを歴任。2児の母、孫2人。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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