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(6)北京五輪の水のため、田んぼが消えた山里

  • 田原 真司

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2008年8月29日(金)

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 五輪閉幕の翌朝、北京から一路北東へと車を走らせた。オリンピックの余韻が残っているうちに、どうしても見に行きたい場所があったのだ。

 河北省ラン平県西紅旗村。北京から約160kmの山間にある、人口1300人ほどの小さな集落だ。「北京の水がめ」と呼ばれる密雲水庫(貯水湖)の主要な水源である潮河のほとりにあり、豊富な水を利用した稲作が盛んだった。

 筆者は今春、偶然読んだ中国紙の記事でこの村の名を知った。北京では、急激な都市化による水の消費量増加に、中国北部で年々悪化する干ばつの影響が重なり、水不足が深刻になっている。

 そこで、オリンピックに向けて十分な水資源を確保するため、2006年、北京市はお隣の河北省とある協定を結んだ。北京の水がめの上流地域で、大量の水を消費する稲作を禁止し、干ばつに強いトウモロコシなどに転作させるというものだ。

 西紅旗村の村民にとって、これは寝耳に水だった。村民のほとんどが稲作で生計を立ててきたにもかかわらず、政府は重機を使って水田をつぶし、問答無用で転作を進めた。

 だが、同じ面積から得られるトウモロコシの販売収入は、コメの半分以下。北京市は耕地1畝(約667平方メートル)当たり年間500元(約8000円)の転作補償金を支払っているが、期限は2009年までで、その後のことは決まっていない。補償金が打ち切られれば、村民の収入は激減する。西紅旗村では、オリンピックの名の下に行われた転作への怨嗟の声と、将来への不安が広がっている――。記事はそう伝えていた。

オリンピックのために稲作を放棄

 北京の水がめ上流での強制転作については、日本メディアも一連のオリンピック報道の中で取り上げている(例えば読売新聞中日新聞)。だが転作問題のほかに、筆者にはもうひとつ引っかかることがあった。それは、西紅旗村でなぜそれほど稲作が盛んだったのかという素朴な疑問だ。

 中国では、一般的に長江流域以南ではコメ、それより北では小麦が主食。ただ、東北三省(遼寧、吉林、黒竜江)や河北省東部の平野部では、日本と同じ短粒種の水稲が栽培されている。中国北部のコメ作りは100年ほど前、朝鮮半島からの移住者が伝えたとされ、戦前の旧満州国の時代には日本の国策として開拓と増産が進められた。北部産のコメは、中国では「おいしいお米」の代名詞になっている。

 しかし西紅旗村のあるラン平県は、同じ河北省でも1000~2000m級の峰々が連なる山間部。平地は少なく、冬場は最高気温もマイナスの寒冷地であり、稲作に適しているとは思えない。一方、同県は1933年の熱河侵攻作戦で日本の関東軍に占領され、北京市との境の古北口では激戦が行われた歴史がある。県内には、兵器製造に不可欠なレアメタル(希少金属)を日本に供給していた鉱山もあった。

潮河沿岸に広がるトウモロコシ畑。数年前までは水田だった

潮河沿岸に広がるトウモロコシ畑。数年前までは水田だった

水が滔々と流れる西紅旗村の風景。どこかなつかしさを覚える

水が滔々と流れる西紅旗村の風景。どこかなつかしさを覚える

 西紅旗村のコメ作りは、もしかすると日本の影響で始まったのかもしれない。稲作の放棄を迫られた村民たちは、オリンピックをどんな思いで観戦したのだろう――。車を走らせながら、そんなことを考えていた。

 北京から西紅旗村へは、休みなしで運転して3時間半ほど。村の入口は、県道脇の目立たないところにあった。まずは、集落の南にある潮河を見に行くことにした。

 川幅は広くないが、豊富な水が滔々と流れていた。周囲は一面のトウモロコシ畑。向こう岸は高い山で、中腹をくり抜いて鉄道が走っている。川のせせらぎと、時折響く列車の汽笛以外、何も聞こえない。まるで映画に出てくる、昭和30年代の日本の農村風景のようだった。

 ふと振り返ると、麦わら帽子を被った中年の女性が立っていた。よそ者が畑に入ってきたのを見て、確かめに来たらしい。

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